第二百六話
「それで、私は何をすればいいんでしょうか?」
姿勢を正したキャロは真剣な表情でタロサに質問をする。
わざと怪しい笑顔を作っていたタロサだったが、彼女の真剣さにやや圧倒されたため、真面目な表情に戻ることにする。
「おほん、それでは私が考えている案を説明しましょう。まず、今回の問題はキャロさんのお仲間が犯人として連れていかれたことです。その無実を証明するのは難しいでしょう。そもそも、彼を犯人と決めつけていて、真犯人を探すという考えがないのですから」
それはキャロにとって受け入れがたい事実だったが、まだ続きがあるとわかっているため、タロサの言葉にただ黙って頷く。
「それでは、彼の無実を我々が証明するしかありません。それには……」
「――真犯人を捕まえる」
キャロの回答に笑顔になったタロサは大きく頷く。
「その通り! 素晴らしい、キャロさんは頭の回転がはやいようですね」
大げさに褒めるタロサだったが、キャロはそんなことよりも続きを話してほしいと視線を送ってくる。
「失礼、その作戦ですが犯人の顔がわからないので、探して捕らえるというのは絶望的でしょう。今回攫われた方も、突然後ろから襲われたので顔を覚えていないとのことでした」
「意識戻ったんですか!?」
少し困ったような表情でそう話すタロサへ食い入るようにキャロは思わず立ち上がる。
「あぁ、そういえば言っていませんでしたね。あのあとうちの医療部隊の者が治療を施し、目を覚まされました。少しだけ話を聞く機会をとれたのですが、やはり覚えていないとのことでした」
その話を聞いてキャロはほっとした表情になる。すとんと再び椅子に座ったキャロは獣人の子どもの無事を心から喜んだ。
この追い詰められた状況でも一つ良い情報が入ったため、心にゆとりができたのを感じる。
「あなたは良き方のようですね……それでは、ここから作戦の根幹部分に話を移しましょう……」
それから二人は作戦の話をしばらくしていた。タロサは部屋に人を近づけないように見張りも立てる用意周到さで、誰にも作戦が漏れることなく、二人の中で内容が詰められていった。
だが、その作戦とはアタルがいたら、絶対に許可がおりないようなものであった。
作戦が決まったあと、キャロは作戦に必要な準備をして街の中をブラブラと歩いていた。
「こ、この作戦は大丈夫なんでしょうか……?」
一度は納得したキャロだったが、改めて作戦を開始した途端に不安が強くなってきていた。いつもは信頼しているアタルが考えた作戦ばかりだったため、不安に感じたことが一切なかったというのもある。
「……本当に見張っていてくれるのかな……?」
思わずキャロは周りを見回したい衝動にかられれるが、それでも怪しい動きはしないようにといわれているため、努めて普通に街を歩いているように振る舞っている。
先ほどタロサが立案した作戦は【誘拐犯をおびき出す】というものだった。そのおとり捜査のために、キャロはお嬢様風の服を着せられて街中を歩かされている。
普通のお嬢様であれば護衛がいそうなものだったが、家を抜け出した風を装っているため、一人で何にでも興味を示しているという行動をとるよう指示されている。
一瞬後ろを振り向こうとしたが、そちらからタロサの強い気配が飛んできた。決して振り向くな、怪しい行動はするな。それがタロサからの指示だった。
「うっ……ふっふーん。すごいすごい、美味しそうな食べ物が並んでますーっ!」
強い気配にびくんと身体を一瞬揺らすが、アタルのため、と強く自身に言い聞かせて早速周囲を見渡しながらキャロは精一杯お嬢様を演じ始めた。
初めてみた食べ物に興奮している演技は、大根ともいえるようなものだったが、徐々に慣れていき自然な態度をとれるようになってきていた。
街の人が親切にキャロに料理や素材の説明をしてくれ、それを聞き入っている様子は物腰柔らかな令嬢風だ。普段はラフな冒険者スタイルなキャロも、上品なワンピースとそれに合わせた髪型でいることで雰囲気をより引き立てている。
「――うむうむ、なかなかいいじゃないですか。あれなら……」
軍服では目立つため、普段着に近い恰好をしているタロサはなるべく気配を消しながらキャロのことを尾行していく。
彼はキャロにもうひとつ指示をしていた、徐々にひと気のない道へと移動していくようにと。
タロサはこの時点でキャロからかなり距離を開けていた。
彼はチーターの獣人であり、足の速さには自信があるため、キャロに何かがあってもすぐに駆け付けられると考えていたからだ。
「む、彼らは……」
気づけばキャロの後ろを歩く人数が一人、二人と増えていた。今はまだ距離をとっているようだったが、明らかにキャロを狙い、つけているのが遠目でわかる。
「恐らくは、彼らが」
タロサが目を細めた先でうごめく彼ら――全員男であり、種族は人族だった。人ごみに紛れているつもりだろうが、見る者が見れば明らかに他の者とは違う雰囲気の男たちだ。
今のキャロは怪我が全て治っており、今回タロサの手配で着飾られているため、何処から見ても健康で可愛らしい獣人の年頃の娘だ。人族からの誘拐犯からみれば格好のカモだった。
実際に手を出す前に攻撃をしてしまっては、証拠を押さえられない。しかし、遅くなってはキャロが危険に晒されてしまう。
タロサは心の中で色々な葛藤と戦いながら自身が出ていく状況を獲物を狙う肉食獣のようにじっと見定めていた。
(――来た!)
一方で、気配察知に長けているキャロも男たちにつけられている気配をきちんと感じ取っていた。タロサとの打ち合わせ通り、ひと気のない路地へと徐々に徐々に、まるで迷子であるかのような不安さを演技しながら移動していた。
キャロがキョロキョロと迷子風に戸惑いながら少し長い一本道に入ったところで、彼女の前方が人族の男二人によって塞がれてしまった。
「えっ!? あ、あなたたちはなんですか? そこを通して下さいっ!」
か弱さをにじませた不安そうな表情で、しかしそれでも気丈な様子で前方の男たちに声をかける。
「へっへっへ、そうはいかねーなあ? こんな場所をあんたみたいなお嬢様が一人で歩いていたのが運の尽きってやつだ」
改めてキャロを目の前からしっかり見たことで、より彼女の価値の高さを感じた男が下品な笑みを浮かべながらくいっと顎を動かして後ろの男たちに合図をする。
目の前の男から目を逸らすわけにもいかないが、あとをつけていた他の男たちがぐっと距離を詰めてきているのをしっかりと感じ取るキャロ。ここではか弱いお嬢様風を演じているため、どこまで手を出していいのかわからず動けなかった。
「――やれ!」
それをただオロオロと戸惑うお嬢様の行動と見た男の言葉を合図に、後ろから尾行者がキャロに飛びかかった。
「きゃっ!」
後ろを振り向いたキャロは思わず声をあげて驚いてしまった。
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