第二百四話
街へと向かう道中、獣人の子どもをじっと見守っていたキャロはふと思いついた疑問をアタルに投げかける。
「そういえば、私の怪我を治したあの技は使えないのでしょうか……?」
あの技というのはキャロの身体の欠損を治療した強治癒弾。
それでないにしても、防衛戦で使った通常の治癒弾は使えないのか? 静かに寝息を立てる獣人の子どもの怪我を治してあげたいという気持ちからの質問だった。
「まあ、やってできないことはないんだが……やらないのには二つ理由がある」
アタルは御者台から振り返らずに、右手で二という数字を作って見せる。
「一つは、これだけの怪我を一瞬で治した場合に、その子が何か騒ぎ立てないか。もしくは街に戻った際にふれまわらないかという問題がある」
それでも苦しんでいるこの子がなんとかなるのであれば……言葉にはしないがきゅっと口を閉じたキャロはそんな思いが浮かんでくる。
子どもであること、そして同じ獣人族であることが自然と彼女にそんな気持ちを芽生えさせていた。
「もう一つ――こっちが本命の理由だ。その子、怪我もそうだが、顔色が悪いのは体力が落ちているのが原因の一つだと思う。俺の治癒弾は、回復の作用があるのとともに本人が持つ治癒力を最大限に高めるものなんだ」
それを聞いてキャロは難しい表情になる。自分が奴隷として治してもらった時と比べても、魔物に追い回されたせいなのか今の目の前の子どもの方が体力はなさそうだったからだ。
「そう、ですか。じゃあ、今のこの子に使ったら危険なんですね……」
アタルの説明を理解したキャロは獣人の子どもの頭をゆっくりと軽く撫でた。子どもの表情は幾分か和らいだように見えるが、それでも苦しさに時折うめき声をあげていた。
「あぁ、だから俺たちにできるのは少しでも早くゆっくり休める場所に連れて行って、治療を受けられるならそうしてやることしかないんだよ」
優しく言い聞かせるように言葉を選んだアタルは馬車が揺れないように慎重に、しかしそれでいて少しでも早く到着するように急がせていた。
『……大丈夫かな?』
バルキアスも心配そうな表情で御者台から子どもの顔をじっと見ている。彼が最初の発見者であること、魔物から助けたこと、そして子どもの種族が狼の獣人であるため、親近感を持っていた。
「まあ、なんにせよ街に早く向かおう。あいにく俺は医者じゃないからな。ついたらすぐにでも診てもらおう」
ぽんぽんとバルキアスの頭をなでてやると、アタルは少しだけ馬の進む速度をあげる。
それから数十分の後、アタルたちは獣人族の街へと到着した。
「止まれ、身分証を提示しろ」
街の入り口にいるのは筋肉質な獣人の兵士だった。馬車を操縦していたのが人族のアタルであったため、兵士の態度はいつになく硬いものだった。ぱっと見では彼は豹の獣人のようだ。
「はい、身分証ですね。ほらキャロも出して」
できるだけ相手を刺激しないように気遣いつつ、アタルが後ろにいるキャロに声をかける。彼女の姿が見えると兵士たちの表情は一層険しいものになった。
「……二人はどういう関係だ?」
なぜ人族の男とともに獣人の女の子がいるのか。それを不審に思っているようだった。心なしか視線がきつくなっていく。
「え、えっと、アタル様は私のご主人様でっ、あ、でも、ご主人様といっても奴隷契約は既に解除されていてっ……」
途中で介抱していた獣人の子どものことに気取られていたキャロは兵士の突然の質問に慌てて情報を出していく。いつもならば冷静さもあっただろうが、混乱交じりの説明はしどろもどろで要領を得ないものだ。
「――奴隷、だと?」
実際に今どういう状態であるかよりも、兵士はキャロが奴隷だったというところにひっかかりを覚えたようだった。その言葉を聞いた瞬間からぴりっと周囲の空気が張り詰めたような気がした。
「はいっ、でも、アタル様はボロボロになっていた私を救って……」
そこまで口にしたところで、荷物等の精査をしていた別の兵士が焦ったように声をあげる。
「おい! 中にケガをしている獣人の子どもがいるぞ!」
「どういうことだ!!」
別の兵士の言葉にカッとなった豹の獣人はアタルにつかみかからんといった剣幕で問い詰める。
「いや、あの子は魔物に襲われているところを助けて連れてきたんだが……」
「ええい、埒が明かん! こいつらを捕らえるぞっ!!」
我慢ならないと豹の獣人の男はアタルの返事を聞かずに捕縛の命令を出す。
その声が聞こえて来たのか、近くにある兵士の詰め所からもわらわらと兵士が現れる。
「だから、俺は……」
「みんな捕まえろ! だが獣人の女性と子どもは丁重に扱え!」
叫ぶように周囲の兵士に命令しながら豹の獣人はアタルを御者台から力任せに引きずりおろすと、後ろ手に捕まえる。
「おいおい、どういうことだ」
ここで暴れたら更に刺激してしまうだろうと判断したアタルはされるがままになりつつ、困ったように男に質問をする。
「――うるさい!」
しかし、彼の対応は変わらず、アタルに弁明のチャンスを一切与えるつもりはないようだった。
「アタル様っ!」
「君はこちらに、あんな男に騙されて辛かっただろう」
鷹の獣人の男性兵士が優しく背を押しつつキャロに気遣いの声をかける。どうやら彼らの中では、アタルが酷いことをしてキャロや獣人の子どもを騙しているというストーリーができあがっているらしかった。
「キャロ、一旦言うことを聞いておけ。それで……まあなんとかしてくれ」
苦笑交じりにアタルはキャロに指示を出すと、兵士に抵抗することなくそのまま連行されていく。
彼の武器である銃は別の空間にしまってあるため、本気で抜け出すつもりであれば一度落ち着いてからがいいと考えていた。
その会話の間、バルキアスは息をひそめて馬車の下に隠れていた。あまりの急な展開に念話も使うことさえ忘れていたほどだった。
どうしてこうなったのか理由は詳しくはわからなかったが、アタルは捕まっても抵抗せずにキャロに指示を出していた。であるならば、ここで暴れたりなんなりすればその作戦の邪魔をしてしまうと思っていたからだった。
連れていかれるアタルのことを心配に思いつつもキャロはバルキアスにだけわかるように大丈夫だと静かに頷いた。
初めてのアタルのピンチ、残されたキャロとバルキアス。今までにない状況で彼らは動いていく。
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