第二百話
その後、夕焼けに照らされる岩の前にいるのはアタルたちだけになっていた。
岩の前に陣取っていた冒険者たちが全員いなくなったところでアタルとキャロは改めて岩を調べることにする。
「確かに、ただの岩ではないようですねっ」
キャロも岩に手をあてて意識を集中させることで、アタルが言っていた意味が理解できた。ごつごつとした表面から伝わる冷たい感触。その中に核から発せられる魔力のようなものを感じたのだ。
「あぁ、やっぱりこれはただの岩じゃなく、金属の塊で――それでいて生命体のようだな」
その事実を再確認できたことは得るものではあった。
「でも……」
「そうだな……」
どうすればいいのか? その判断が難しかった。二人は悩みながら唸る。
「新しい武器ならどうでしょうかっ? 玄武の素材を元にした装備であればもしかしたら」
壊せるかもしれない。どこか自信のなさそうな表情からその考えが甘いことはキャロもわかっていての意見だった。
「難しいだろうな……傷はつけられるだろうが、これだけのサイズでしかも中身がほとんど金属とあっては破壊も難しい」
顎に手をやったアタルもどうしたものかと頭を悩ませていた。
『ねぇねぇ、だったら別の道を行けばいいんじゃないかなー?』
それは無言をつらぬいていたバルキアスの言葉だった。なんでアタルたちが悩んでいるのかよくわかってはいなさそうではあるが、じっとしているのにも飽きたようだ。
「……別の道?」
「なるほど」
キャロは首を傾げるが、アタルはその手があったかと手をポンッと打っていた。
「そもそもここしか通る道がないのが問題なんだよな」
一本道であるがゆえにこの岩をなんとかしないといけないという問題にぶち当たっている。であるならば、何もここにこだわらなければいいのではないか? それがバルキアス言ったことの真意だった。
「岩を無視する、ということですか?」
それでも現状の唯一の道であるここを迂回するとなると、かなり遠回りになってしまう。
「半分正解だ。だが、別の道を行くのは大きな時間のロスになるだろ。それに、俺たちはそれでいいとしても結局他のやつらが行き来できなければ、交流が全くといっていいほどなくなってしまうだろうさ」
ならばどうするか。バルキアスの思わぬ一言でアタルの中には一つの回答が浮かんでいた。
「――道を作ってしまおう」
この道を抜けるのではなく、迂回するのでもなく、別に新しい道を作るという選択肢。それはアタルならできるかもしれないと思わせる提案だった。
「でき、そうですね。アタル様ならできますっ!」
最初はどこか不安そうなキャロだったが、できそうという予想から、自分の主人だった彼ならばすぐにできるという断言に変わっていた。
「全幅の信頼を寄せてくれるのは嬉しいがな、問題はどこにどうやって道を作るかだよな」
アタルはこの周囲のどこに作れば自然に大きな影響を与えず、更には便利に使うことができるかを考えていた。
――ガタン
「……ん? 何か音がしたか?」
アタルは自分の耳に音が届いた瞬間、なにごとかと周囲を見渡す。
「しましたね……」
その音はキャロにも聞こえており、どこから音がしたのか耳をぴんとそばだてながら彼女もあたりを見ていた。
『ガルルルル……』
だがこの中で一番気配に敏感なバルキアスは音がどこからしたのかわかっており、牙をむいてそちらを睨みつけている。
「バル……そいつか」
バルキアスが睨む視線を辿って視線を向けたアタルは音の正体が何であるか理解した。
同じ方向を見たキャロは無言でショートソードを抜いて構えている。
『せっかく通せんぼしているんだからー、無視して別の道を行かれるのは困るんだなあー』
やや間の抜けたその声は、問題としている巨大な岩から聞こえて来ていた。
「――お前は何者だ!」
覇気を込めて睨みつつアタルが岩に向かって問い詰める。
『何者……って聞かれると難しいんだなあー。僕は命令でここを通れないようにしてるだけなんだなあー』
アタルたちが警戒している状況にもかかわらず、どこまでもゆっくりとした喋り方の岩に対して、何かおかしいとアタルは眉をひそめる。
「敵意はない、のか? じゃあ、質問を変えよう。誰がお前に命令したんだ?」
本人について回答できないのであれば、命令者について質問するのは当然の判断だった。
『それはー……』
岩は素直に質問に答えようとしたが、そこで言葉が止まってしまう。
「どうした?」
首を傾げたアタルが声をかけてもまったく返事が聞こえない。どうしたのかと訝しげな表情になった時、バルキアスが突然叫んだ。
『アタル様、こいつ何かおかしいよ!』
再び強く警戒しだしたバルキアスは野生の勘で岩の変化に気づいていた。キャロも何か言い知れぬ感覚で岩から目を離さない。
『ぐ』
「――ぐ?」
ようやく聞こえた岩の声をアタルがオウム返しで聞き返す。
『グアアアアアアアアアアアアアアッ!』
叫び声、ただの大声、怒鳴り声、そのいずれなのかはわからないが岩はアタルたちが思わず耳を塞いでしまうほどの大きな声をあげていた。衝撃波のように大声で周囲のありとあらゆるものが大きく揺さぶられている。
「……ぐっ、こ、これは……」
耐えがたい苦しい表情でアタルは両手で耳を塞ぎ、耳の良いキャロとバルキアスはぺたんと耳を折りたたんでなんとか必死に声を防ごうとしていた。
「きゃあああっ!」
『うううううううっ!』
だがアタルよりも聴力の鋭いキャロとバルキアスには特に辛いようであり、思わず声をあげてしまう。
大声がおさまるまで約一分ほどかかり、その声が収まった頃には金属である身体を覆っていた岩がボロボロと剥がれ落ちていた。瓦礫のようなそれらが岩の足元に大量に転がっている。
「正体を見せたか……どうやら正気を失っているみたいだな」
耳を押さえるのをやめたアタルは静かに岩があった場所を見つめる。
岩の剥げた中身は光沢のある金属に覆われていた。金属の玉は目のようなものが二つついており、視点の合わないそれはあきらかに正気を失っているようだった。また同様に口のようなものもついており、そこからは水蒸気さえ立ち込めるほど荒い息が吐き出されていた。
「これはあれか、秘密にしておかなければいけないことを言おうとしたからリミッターが発動して暴走状態にしたとかそんなところか」
アタルが選んだワードは適当なものだったが、ほぼ金属の魔物の状態を言い当てていた。
「――まあ、魔物として出て来てくれたほうがやりやすいけどな」
ふっと鼻で笑ったアタルは銃を構えると距離を取り始める。
「ですねっ、バル君いきますよ!」
『うん!』
ようやく復帰したキャロとバルキアスの二人は前衛であるため、アタルとは反対に前へ飛び出すと金属の魔物と対峙していた。
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