第百九十一話
翌日
昼を過ぎた頃に、工房にいるアタルたちにもとへとデンズの使いがやってきた。
「夕方の鐘がなる頃に屋敷に来て欲しいとのことです。それと、例の者との連絡がとれた、と伝えるよう言い付かって参りました」
淡々とそれだけ伝えると、使いの者はすぐに屋敷へと戻って行く。
「あんなやつとよくもまあうまく交渉したもんだな」
デンズが工房に現れた時、ブラウンはそもそも交渉のテーブルにつくつもりもなかったため、何も話は進まなかった。しかし、アタルは自分に都合のいい条件をうまく引き出していた。そのことを感心したようにブラウンは笑う。
「そうか? そんなに難しいことはなかったが、一つ言えるとしたら思ったよりも悪いやつじゃなかったってところだな。こちらが交渉の主導権を握れていたのが大きいかもしれないが、利害がはっきりすれば悪くない相手だったよ」
アタルは大したことではないように言うが、本来ならその状態に持ち込むこと自体が難しい相手だというのをわかっていなかった。
「はぁ……そんなことを言うのはお前くらいだと思うが……まあ、うまくいってるみたいで何よりだ。今回の一件は俺のほうで巻き込んだ感があるからな」
呆れたようにアタルを見るブラウンはなんだかんだ責任を感じており、彼に申し訳ないことをしたと思っていた。
「いやいや、俺たちの目的に近づけたからむしろ感謝しているくらいだ」
「そうですねっ、今回の件がなかったら巨人族のエリアに行くのは難しかったでしょうから」
アタルの意見に笑顔を浮かべたキャロも賛同する。
「さて、連絡はもらえたから少し街をぶらぶらしてくるか」
ブラウンズ工房にいた理由はデンズからの連絡を待つためだったため、それが完了した今は自由に行動できる。そう言ってアタルは立ち上がった。
「そうか、気を付けて……というのは余計な心配だな。まあ面倒ごとに巻き込まれないようにがんばってくれ」
ブラウンからの忠告を背に受けて二人は工房をあとにする。
バルキアスは工房の隅でブラウンが用意してくれた食事を食べており、アタルたちが出て行ったことに気づいて慌てて二人のあとを追った。
「お、バルも来たか」
「バル君、いきましょー」
工房の入り口で待っていたアタルとキャロが振り返る。
『行くなら声かけてよね!』
一方で口の端についた食事をぺろりと舐めたバルキアスはご立腹だった。尻尾をばたんばたんと地面に叩きつけて怒りを露わにしている。
「いやあ、食事に夢中だったからな。ここでこうして待っていればいつか来ると思ってさ」
悪びれた様子もないアタルだったが、実のところはちょっとしたイタズラ心で、バルキアスがいつ気づくか試していた。
「美味しかったですかっ?」
ふわりと笑顔で視線をバルキアスに合わせたキャロは何事もなかったかのように食事の感想を問いかける。
『んっ、美味しかった! なんか、珍しいお肉が入ってた!』
ブラウンの見た目は厳しい表情のドワーフといったものだったが、可愛いものが好きという、人には言ったことがない趣向があり、モフモフのバルキアスのことを密かに気に入っていた。先ほど食べていたものもブラウンが悩みに悩んで選んだ一品だ。
「それはよかったな。それじゃ、適当にぶらぶらして俺たちも少し腹に何かいれておくか」
アタルは寄った街寄った街での買い食いが楽しみであり、この街をゆっくりと見て回るいい機会だったため、そう提案した。
「美味しいもの探しましょうっ」
ぐっと胸のあたりで拳を作ったキャロもアタルと一緒にいることで色々と影響されており、楽しみにしていた。
先ほどまで食べていたバルキアスもおこぼれがもらえないかと期待に胸を膨らませた。
この街も商店街に出ると様々な出店が出ていたり、料理店の呼び込みなどがあった。アタルたちは辺りに立ち込める美味しそうな匂いにつられていくつか買い食いをしていた。
他にも旅に使えそうな道具を探したりと夕方の鐘がなるまでの間、ショッピングを楽しんだ。
鐘がなる少し前に屋敷に向かい、ちょうど屋敷に到着したところで鐘が鳴った。街中に夕方を知らせる鐘が鳴り響く。
「ぴったりでしたねっ」
キャロは計算したかのようなタイミングでなったことが嬉しくなったのか耳を揺らしながら喜んでいる。
「まさか、ここまでジャストだとは思わなかったな……デンズに呼ばれて来たアタルとキャロとバルキアスだ。入れるか?」
内心驚きながらもアタルは門番に声をかける。
「はい、聞いております。念のため中に確認しますので少々お待ち下さい」
真面目そうな門番は誰が訪ねて来た場合でも、中に確認するという工程を怠らなかった。相手が貴族であれば融通がきかないと怒る者もいるかもしれないが、アタルはこの対応に満足していた。キャロも好感を抱いたのかニコニコと笑顔で頷いた。
「なんにでも確認は必要だよな」
腕を組んで頷くアタルのことを見ていたもう一人の門番も好ましく思っていた。自分たちの仕事ぶりを褒められたと感じたからだ。
それからしばらくして中に行っていた門番が戻って来る。
「お待たせしました。どうぞ中にお入り下さい。玄関を入った場所にメイドが待っていますので、彼女が案内します」
「あぁ、二人ともご苦労さん」
アタルは二人に労いの声をかけて家の中へと入って行く。キャロとバルキアスも一礼してあとに続いた。
中に入ると門番の話のとおりメイドが待っており、彼女の案内で三人は応接室へと通された。
「おぉ、来てくれたか。すまんなわざわざ来てもらって」
アタルたちが入って来たのに気づくと立ち上がったデンズは上機嫌で彼らを迎え入れる。
「やけに機嫌がいいな。装備のほうで進展でもあったのか?」
「うむうむ、昨日の工具のおかげで作業が進んでおるよ。これなら息子の任命式に間に合いそうだ。君が協力してくれたおかげだよ! はっはっは!」
知らない者が見たとしても大きく笑うデンズの機嫌が上向きなのはわかった。
「それで本題に入ってもらえるか?」
「おうおう、そうだったな。昨日話した巨人族の貴族だが、問題ないとのことだ。ただ、一度会ってみたいとのことでな、君たちが大丈夫ならすぐにでも発とうと思うのだが……」
デンズのそれは急な話だったが、昨日のうちにこの可能性を聞いていたため、大丈夫だとアタルは頷いた。
「よろしく頼む」
「それでは茶も出さなかったが、すぐに行くことにしよう」
アタルの返事に頷いたデンズは手を叩いて使用人を呼び、これからの動きを説明していた。
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