第百八十五話
「貴様らは何者だ! 今はデンズ様がブラウン殿と話をしているのだ。邪魔をするな!」
貴族を庇い立つように前に出て来たお供の騎士の一人がアタルたちのことを怒鳴りつける。
「まあまあ、いいじゃないか。お前たちはブラウン殿の知り合いだな? 悪いが見てのとおり立て込んでいるんだ、出直してきたまえ」
強くでれば反発も強くなる、しかしあえて落ち着いた言葉をかけることで相手はいうことを聞いてくれる。それが貴族のデンズの考えだった。懐が深いところを見せるように笑って見せるが、その笑みに気品はない。
デンズは細身でやや小柄の人族だ。見定めるように細めた目でアタルたちのことを観察している。
「いいや、断る。俺はさっきブラウンに質問した。困ってるか? とな。そしてその答えは肯定だった。ならば、俺たちはブラウンの面倒ごとを解決するために助力する」
毅然とした態度でアタルは貴族たちの横を通り、ブラウンたちの横へと移動する。キャロとバルキアスもその後ろに続き、ナタリアの方に近寄った。
「ぐっ、この平民ふぜいが! デンズ様が優しく言っているうちに下がれば良いものを!」
アタルの態度に苛立ったのか、武力行使だと腰の剣に手をかける騎士。空気がぴりりと張り詰める。
「やるのか? やるのは構わないが……抜いたら、覚悟はしておけよ?」
威圧するようにアタルは冷たい視線を騎士に向ける。貴族の騎士であることから、これまで横暴がとおっていた。しかし、アタルはそれを許さない強い眼差しで騎士を見ていた。
「よせよせ、工房は職人にとって神聖な場所なはずだ。そこを血で汚してはブラウン殿に申し訳がない。今日は一度引こう、明日には気が変わっているとよいなあ?」
そんな冷たい空気をほぐすように騎士を引き下がらせたデンズは何か企んでいるような笑顔を浮かべて、工房をあとにした。
何か嫌な予感を感じながらも、ひとまず引いて行ったデンズたちを追うことはしなかった。
「なかなか、面倒なことになっているみたいだな」
「アタル君、助かったよ!」
大きく息を吐いたテルムが安堵の表情でアタルに微笑む。
「みなさん、よく来てくれました。ブラウンが相手を怒鳴りつけた時はどうなることかと……」
キャロを守るように抱いていたナタリアもほっとした顔で礼を言ってくる。
「ふん、あんなやつら力づくで追い出せばよかったんだ!」
腕を組んでふんぞり返るブラウンは自分の工房に遠慮なく立ち入られたことを快く思っておらず、いまだに怒りが消えていない様子だった。
「なんであんなことになったんだ?」
アタルはこうなった経緯について質問する。おそらくはアタルが残していった素材が原因であることはわかるが、なぜこうなったのかがわからなかった。
「あぁ、俺の知り合いが久しぶりに遊びに来たんだ。そこで素材の質問をされてな。詳細は話さなかったんだが、良い素材が手に入って良い仕事ができたとは言ったんだ……そしたら、そいつ酒場でぺらぺらとその話をしやがったらしい……今度顔を出したらとっちめてやる!」
それが先ほどのデンズという貴族の耳に入り、事実確認ののち譲るように脅しをかけてきたということだった。
「なるほど、そういうことか……確かに面倒な相手だな。ただの直情型ならよかったが、それは騎士だけで、デンズとかいうやつは冷静に場を見ていたからな」
考えるように手を顎にあてたアタルの言葉に、ブラウンもテルムもナタリアも難しい顔で頷いていた。
「加えて言うと、あのデンズは諦めが悪い蛇のような執念深いやつだって有名なんだ」
テルムが表情を変えずにそう付け加える。ブラウンもナタリアも頷いていることから、この国にいる者なら当たり前のように知っていることなのだろう。
「確かに、そんな見た目をしてたな」
第一印象と今の話が一致していたため、アタルは納得していた。キャロは心配そうな表情で話を見守っている。
「今日はあれで追い返せたからいいとして、どうするんだ? 明日も来るとか言っていたが」
アタルのこの質問には誰も答えられず、更に表情は険しくなっていた。
「ふぅ……仕方ない。明日も俺たちは来ることにするよ。なんだったら、少しくらいの素材はあいつらにわけてやってもいいしな」
アタルはブラウンたちの工具で、ある程度のサイズにカットした素材をまだまだ持っており、少しわけるくらいなら問題はないとも考えている。装備を作ってくれた彼らに迷惑をかけるくらいなら、多少の損害には目を瞑ろうと思ったのだ。
「……いいのか? あれはお前たちだけが手に入れることができた希少な素材だと思うが」
「いや、だってさ、どうせ手に入れたって加工できないだろ?」
今回ブラウン、テルムという二人の凄腕の職人であっても、アタルのフォローがなければ加工することはかなわなかった。
貴族ならではのツテもあるだろうが、それでも装備などを作るまでに至るのは難しいと思われる。
「ふふ、そうだったね。自分たちで加工できる方法を編み出さないとだけど、今の時点では僕もブラウンもそれは難しいだろうね」
ようやく普段の笑顔を取り戻したテルムも同じ意見らしく、大きく頷いて賛同する。
「……アタル様、それだとブラウンさんたちに矛先が再度向いてしまうのではないでしょうか?」
職人が加工できないものを素材としてただ持っているとは考えづらい、そうなるとブラウンやテルムならば加工できるという考えに行きついてもおかしくはないとキャロは心配していた。
「あー、そうか……だったら、俺が持ち込んだもので、加工に関しても俺がやったことにするか。間借りしたけど、加工の過程は二人には見せなかったことにしよう」
頭をガシガシと掻いたアタルの意見を聞いて、職人三人は一瞬表情が明るくなるが、すぐに暗い表情へと変わる。
「それだとアタルに迷惑がかかってしまう。そんなのは俺たちの本意じゃない」
否定するように首を横に振ったブラウンが代表して言うが、アタルは自然と笑顔になる。
「そう言ってくれるだけで十分だ。そもそも俺たちは冒険者だからな、この街に定住するつもりはない。だから多少貴族と揉めても問題はない。それに、いざとなったら……」
奥の手を使う――どうやらアタルには考えがあるようで、にやりと悪い笑顔に変わっていた。
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