第十八話
「キャロ、怪我はないか?」
アタルはデスウルフによって吹き飛ばされたキャロに怪我の確認をする。
「はい! 飛ばされた先が柔らかかったのでダメージは少なかったです」
心配してもらえたことを嬉しく思ったキャロは笑顔を見せながらその場で一回転して、自分の無事をアタルにアピールする。
「よかったよ、キャロもかなり戦えるみたいで安心した」
「はい! マジックウェポンの効果もあったのでだいぶ楽に動けましたっ」
ほっとしたように表情をやわらげたアタルにそう言ってキャロはガッツポーズをとる。
「先行投資して正解だったな。キャロも十分戦えるみたいだし、今後の活躍も期待してるぞ」
「はい!」
ぽんぽんと彼女の頭を撫でながらのアタルの言葉はキャロにとってなによりの誉め言葉だった。ほんのりと顔を赤らめながらくすぐったさに身をよじる。
「さて、村長さんに報告に行くか。討伐完了の署名をもらわないとだからな……それにどうなったのか気が気じゃないだろうからなあ」
「ですね、きっと喜んでくれるはずです」
二人を送り出した時の村長の心配そうな顔を思い出して、頷きながらキャロは返事を返した。
それからしばらくして二人が村に戻ると、落ち着きなく家の外でうろうろしている村長の姿があった。
「お、おおおぉぉぉ! お二人ともご無事でしたか!」
そして戻ってきた二人の姿を確認すると大きな声でかけよりながらその無事を喜んでいた。
「お、お怪我はありませんか?」
一見して二人とも怪我を負っていないように見えたが、村長は念のため二人の身体をあちこち見ながら確認をする。
「あぁ、なんとかな。それよりも、依頼達成したぞ。ウルフ十体、それからデスウルフ一体。これで全部のはずだが……」
そんな村長の言動に困惑しながらも無事依頼を達成したというアタルの言葉を聞いて村長は目を見開いた。
「や、やはりデスウルフでしたか……」
視線をうろうろと泳がしている村長はその事実を知っていたようだった。
「わかってたのか……まあ、ただのボスウルフなだけじゃなく、デスウルフともなれば依頼のランクも高くなるだろうからな」
アタルは予想で言っていたが、デスウルフ討伐となると依頼ランクは最低でもCランク、ともすればBランクに指定されることもあった。最初に話を聞いていた時からなにか裏がありそうだと思ってはいたが、このことがより村長に負い目を感じさせていた原因だろう。
「も、申し訳ありません……っ」
突然村長は地に頭がつこうかというくらいの勢いで頭を下げた。申し訳なさに身体を震わせ、顔をあげる素振りが全くないことが村の責任者として今回の件のことを重く受け止めていることを示していた。
「いや、村長が悪いんじゃない! 俺たちが村長に頼んだんだ!」
いつの間にか集まっていた村人たちがひとり、またひとりと村長を庇い始める。
「あー、いや別にどうこう言うつもりはないさ。こうやって無事だったわけだからな。とりあえずあいつらは全部倒したから確認してくれるか? 遺体の処理はよくわからなかったからそのままにしてあるんでな」
そんな村人たちを見てどうしたものかとぼりぼりと頭を掻くアタルは今回の依頼の件について思うところはなく、むしろいい訓練になったと思っていた。
「それならば、せめてものお礼です。今夜は村に泊まっていって下され、さあみんな宴の準備だ!」
「いや、俺たちは……」
別の依頼に向かおうと思っていると口にしようとするが、ようやく顔をあげた村長に呼びかけられた村人たちの動きは思っていた以上に早く、次々に宴の準備に移っていた。
「まあ、いいか」
「せっかくですから、お言葉に甘えましょう」
宴の準備に村を駆け回る人たちを見たアタルとキャロは案内されるまま村長の家に入って行く。
「倒したウルフたちですが、村の者たちに解体をやらせましょう。肉は保存が難しいので宴で食べるか処分して、それ以外の毛皮、爪、牙、魔石などはお二人にお渡しできると思います」
これからの流れを村長から聞いたキャロは何か決意した表情に変わる。
「あ、あの! 良ければ……その解体作業、手伝わせてもらえませんか?」
「キャロ?」
ピンと手を伸ばしながらのキャロの申し出にアタルは驚いていた。自分と過ごすようになってやりたいことが言えるようになったのは良いことだったが、まさか解体作業を申し出るとは思っていなかった。
「先ほどの戦闘……私は確かに戦えましたが、アタル様の力はそれ以上でした。私の力の遥か上をいっています」
決意に満ちた表情のキャロは真剣なまなざしでアタルを見ながら話す。
「だから、せめて今後も解体作業でアタル様の力になりたいです。それができるようになれば、今後冒険者として生きていくうえでお役にたてると思うのですっ!」
力強く宣言するキャロに対して、アタルは圧倒されていた。彼女はただ奴隷として守られるだけではなく、自らアタルの役に立てる方法を考えていたのだと思い知らされる。そのことは決してアタルにとって嫌なことではなく、むしろ嬉しく思えた。
「そ、村長?」
解体作業は自分が教えられることではないため、アタルは黙っていた村長に話を振る。
「うむ、構いません。むしろそれがお二人の役にたつのであれば是非! さあ行きましょう!」
彼女の熱い思いを聞いた村長も乗り気であり、さっそくと言わんばかりにキャロを外の解体班のもとへと案内していく。
「あー、まあ助かるからいいか……」
二人の背を見送りながらアタルはそう呟く。解体班と合流したキャロは歓迎されていたようで、慣れない待遇に恥じらいながらも真剣に解体作業についての話を聞いているのが見えた。
それぞれがそれぞれの作業へと向かい、着々と宴の準備が進んでいた。
日が落ちる頃にはキャロも解体から帰ってきていた。その表情は満足感でいっぱいだった。
「キャロ、おかえり。どうだった?」
「はい! 色々と学ぶことができましたっ。これで今後も色々な魔物の解体に対応できると思います。こんな本までもらっちゃいました!」
興奮気味に語るキャロが手に持っていたのは一般的な魔物の解体について記されたものだった。勉強熱心なキャロを快く思った村人たちがプレゼントしてくれたのだ。
「ほう、それは良い物をもらったな。……キャロ、本当に助かるよ」
今回の解体作業を自分から申し出てくれたキャロのことをアタルは快く思っていた。まるで娘の成長を見守る父親のような気分になった。
「さあさあ、お二人とも外に行きましょう。宴の準備が整いましたよ!」
村長はほっこりと和んでいた二人の背中を押して、急かしながら外に出るよう促す。
外はまるで祭りなのではないかと思うほどの騒ぎで、あちらこちらにご馳走や酒が準備されていた。
「これはまた、すごいな……」
アタルはその様子を見て呆気に取られていた。宴、とは聞いていたが、ここまでの規模になるとは思っていなかったのだ。
「さあ、村を救ってくれた英雄のお二人に乾杯だ!」
「かんぱーい!!」
アタルもキャロも近くにいた女性から飲み物の器を持たされ、盛り上がりに促されるようにそっと乾杯をする。
それから何人もがアタルとキャロに感謝の言葉を述べにやってくるが、アタルにしてみれば依頼の一つだったため、やや戸惑いぎみだった。
「いえ、私よりもアタル様がすごいのですよ! 見せたかったです、次々に攻撃を繰り出すアタル様を……」
一方でキャロは自分のことよりもアタルのすごさを語ることに一生懸命の様子だった。先ほどの解体作業で打ち解けた村人たちはその話を興味深く聞き入っていたことがよりアタルを戸惑わせることになった。
この宴は夜遅くまで続いたが、アタルたちはもう一つの依頼が残っているため、先に休ませてもらうことにした。
翌朝
アタルとキャロは朝早い時間に村長の家をあとにする。村人たちは夜遅くまで騒いでいたため、二人が村を発ったことを気付くものはいなかった。
「よかったのでしょうか?」
挨拶をせずに出発しても、そう質問するキャロ。色々お世話になったことが気になる要因だった。
「いいんだよ。十分すぎるほど感謝されたからな。それにこんな朝早くに起こすのも忍びない」
うっすらと朝日が差し込み始めた空を見上げながらアタルがそれに答える。
そうして静かに村を出た二人は二つ目の依頼、薬草採集のために事前に聞いていた薬草の群生地に向かっていた。
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