第百七十九話
「みんな……行くぞ!」
アタルの呼びかけに本気の装備となったキャロとバルキアスが揃って頷き、飛び出していく。
「来い!」
ヤコブは気を抜いていては勝てない相手だと、気合を入れて三人を迎え撃つ。
先頭をキャロが両手に片手剣を持ち、ヤコブに向かって走る。その後ろをバルキアスがついていく。アタルはというと、ヤコブの視界になるべく入らないように移動していた。
「分散するのか」
ヤコブはアタルの謎の遠隔攻撃が厄介であることはわかっていたが、向かってくる二人のことが無視できない存在であることもわかっていた。
「いきますよっ!」
キャロはその言葉を口にすると同時に更に、走る速度を上げる。元々足の速いキャロだったが、加速したことで目で追うのが精いっぱいなほど動きが素早くなる。
「まだ上があるのか!」
彼女の加速にヤコブは驚くが、速度あげるということはそれだけ動きの自由度が下がることであるため、あえて動かず受け止めようとキャロを迎え撃つ形に拳を振り下ろした。
キャロはそれを避けること叶わず、真っすぐに拳とぶつかることとなる。
衝突の瞬間、大きな音が修練場に響き渡る。砂煙がぶわっと舞い上がり、キャロの姿が見えなくなったことで、その場にいるアタルとバルキアス以外の誰もがヤコブの拳によって潰されたキャロを思い浮かべていた。
「――あなたは強いです。でも、この装備ならあなたに負けませんっ!」
潰されたはずのキャロの声が聞こえてきたことに、当のヤコブも観覧している王たちも目を大きく開いて驚いていた。次の瞬間に吹いた風で砂煙が消え去るとそこには片手剣で拳を受け止めているキャロがいた。
小柄な少女のキャロが、倍以上の大きさを持つ巨人の拳を受け止め、その場にとどまる。その光景は信じられないものであり、全員の注目を集めることとなる。
それは大きな隙だった。
キャロの背中を追いかけるように走っていたバルキアス。キャロとヤコブが衝突した瞬間に移動して、ヤコブの後方に回り込んでいた。
『くらえ!』
そして、勢いよくジャンプすると新しく作ってもらった爪でヤコブの背中を攻撃する。
「ぐあああ!」
アタルの弾丸をも通さなかったヤコブの防御力だったが、玄武の骨を使った爪による攻撃はさすがに耐えることができず、痛みに声をあげてしまう。
「ぐっ、私にダメージを与えるとは!」
ヤコブは攻撃をしかけてきた主を振り返ろうとする。通常ならばこんなことはしなかったが、ここ数年で久しぶりの強烈な痛みに思わずその行動をとってしまった。
「大きい隙ですね」
そのとき、世界が一瞬音を失ったかのように静寂に包まれ、その中にキャロの声が耳に届く。そこでようやく自分の行動の浅はかさを感じ取ったヤコブだったが時既に遅く、キャロは素早く飛び込んでヤコブの足に斬りつけていた。
「うがああ!」
こちらも特製の武器であるため、ヤコブの防御力を上回る攻撃となり、彼はたまらず膝を折り姿勢を崩してしまう。
「悪いが、そちらを攻勢に回すわけにはいかないんだ」
そこへ追い打ちをかけるようにアタルの弾丸が次々に撃ち込まれていく。通常弾と貫通弾では痛いと思わせる程度であるため、別の弾を撃ち込む。
雷弾を五発、炎弾を五発、強通常弾を五発、合計十五発の弾丸がヤコブに襲いかかる。
「っぐ、ま、ぐあああああ!!」
しかも、その弾丸はキャロとバルキアスが傷つけた部分を狙っていた。ほんの小さなものが飛んできただけだというのに襲い来るダメージは相当なもので、ヤコブは痛みに苦しむ。
だがアタルはまだ攻撃の手をやめない。ダメージを与えたのを確認したところへ気絶弾を十発撃ち込む。巨人族の強靭な肉体だからこそ油断せずに圧倒的な手数で押しこんだのだ。
「が、があああ……」
気絶弾を撃ち込まれるまではなんとか意識を保っていたヤコブも、気絶弾が連続して襲い来るとさすがに耐えきれず、そのまま気絶して倒れこんだ。完全な状態であればもしかしたら、これにも耐えたかもしれないが、これだけのダメージを負ったのは幾年ぶりか? というほど久しぶりだったヤコブに耐えられるものではなかった。
「さて……どうする?」
ヤコブが倒れこんだ時、振り返ったアタルが質問した相手は唯一この場で立っている騎士ドラネスだった。
「うっ、ず、ずるいぞ!」
耐えかねたように叫んだドラネスから返って来た言葉が予想外だったため、きょとんとアタルは目を丸くする。キャロとバルキアスも武器をおさめてアタルの傍にきた。
「いくらヤコブが巨人族だからといって、三人で襲いかかるなんて卑怯じゃないか!」
続けて放たれた言葉は自分で何を言っているのか理解していないのか? そう思えるほど、自分のことを棚にあげた発言であり、修練場にいる重鎮たちは痛む頭をおさえながら痛々しいものから目をそらすように首を振っていた。
「……最初に十人がかりで俺たち三人と戦おうとしたのはあんただろ? 俺たちがあいつと三対一で戦ったのだって、あんたが逃げて他の八人が気を失ったからじゃないか」
呆れたように事実を口にするアタルだったが、恥ずかしさ、怒り、なんとかこの場を乗り切ろうという気持ち。それらが入り混じったドラネスは全く聞く耳を持たない。
「うるさいうるさい! とにかくあんなのは認められない!」
なぜドラネスの判断で認める認めないという話になるのか理解できないアタルたちは三人揃って首を傾げた。
「はあ、じゃあどうすればいいんだ?」
「一対一で勝負しろ! そっちのお嬢さんではなく、お前がだ!」
びしっと指を刺したドラネスは近距離戦闘タイプのキャロではなく、遠距離戦闘タイプのアタルを指名する。キャロの事をお嬢さんと言い出したのは彼のなけなしの気遣いなのかもしれない。
「別に構わないが……」
「もちろん、その変な武器は使うなよ!」
変な武器とは銃のことであり、あれで攻撃されてはひとたまりもないとドラネスは考えていた。
「これも遠距離で攻撃するから卑怯だっていうのか? だったら、魔法で戦う魔法使いも卑怯なのか?」
「そ、それは違う! 魔法使いはしっかりと修行して、その魔法で攻撃をする。しかし、お前のそれはよくわからないものを持ち出してきてそれでよくわからないままに攻撃をしている。それは卑怯だ!」
焦ったように言いつくろうドラネスの発言にこの場にいるドラネス以外の全員が首を傾げる。彼の言っている理論が謎過ぎて誰も理解できないでいたからだ。
「わかった、それじゃあ作ってもらった剣は……これも強力だから卑怯とか言われそうだな。誰か普通の剣を貸してくれ」
アタルは自分が用意した武器でいつまでたっても難癖をつけられると考え、騎士団側の誰かに借りることを選ぶ。
「それなら、私が予備で使っている剣を貸そう。それは一般的に騎士団員なら誰でも持てる程度の剣だ」
そこへ騎士の一人が名乗りをあげてアタルにそれを渡す。
「ありがとう。……おい、ドラネスだったな。これなら文句はないだろ?」
「もちろん! 正々堂々勝負だ!」
ここまで色々と難癖をつけておいて、正々堂々とはどの口がと誰もが思うが、さっさと終わらせようと誰もそれを口にすることはなかった。
「それじゃあ、再度開始の合図をするぞ……それでは、はじめ!」
審判の騎士は内心呆れながらもそれを表には出さず、一対一の決闘が始まったことをあえて意識づけるために開始の合図を再び口にする。
これがアタルとドラネスの戦いの始まりだった。
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