第百七十七話
修練場に辿りつくと、アタルたちは装備の準備を、ドラネスは参加者の選抜を行う。
「ア、アタル殿、今回のことはなんと言っていいのか……その、申し訳ありません!」
準備をしているアタルたちのもとへと申し訳ないといった表情と態度のバリムがやってくる。元はといえば彼がついて来てほしいと言ったからこんなことになってしまった。少なくとも、アタルの近くに来るなり頭を深く下げたバリム自身はそう思っていた。
「気にしなくていいさ。ついて来たのも、今回の決闘を受け入れたのも俺の決断だ。それに、何か良い物がもらえるかもしれないからな」
自分では思いつかない何かもらって嬉しい物、それをアタルは楽しみにしている。
キャロとバルキアスはアタルが楽しみにしていることが嬉しいらしく、またドラネスに対して思うところがあるため乗り気で準備を進めていた。
そんな三人の様子に、ほっとしたような、これからの事を考えると不安なような複雑な気持ちでバリムは引き下がった。
「二人とも、一つだけ言っておくが……殺すなよ?」
アタルがドラネスに選ばれている騎士に目を向けると、装備でも実力でもこちらより劣っているのが遠目でもわかった。だからこそアタルたちの実力では少しでも手加減を間違えれば殺してしまう恐れがあったのだ。
「はいっ、もちろんですっ! そんなことをすれば我々の評価が下がってしまいますし、勝利報酬をちゃんと用意してもらわないとですからねっ」
ニコニコと笑顔を浮かべて頷くキャロは盗賊に対してやったのと同じレベルの手加減をすればいいだろうと考えている。
『うーん、じゃあちゃんと気をつけないとなぁ……』
しかし、バルキアスは新しい装備にまだ慣れていないため、力加減を間違えないようにと自戒していた。
「……そろそろのようですね」
キャロの言葉通り、苛立ちをにじませた表情のドラネスが選んだ部下たちを引き連れて修練場の中央へと移動を始める。
「俺たちも行くか。……あ、そうだ、バリムは間違っても俺たちの応援をするなよ? これは城の騎士団対俺たちの戦いになるんだからな」
ふっと微笑んだアタルに釘を刺されるまで、完全にアタルたちを応援するつもりでいたバリムはぎくりと身体を揺らす。
「うっ、は、はい。わかっています」
それゆえに頬がひきつりながらの返事となってしまった。
「やれやれ、まあいい。――キャロ、バル、行くぞ」
三人もドラネスたちに遅れて修練場の中央へと移動する。
「双方とも準備はいいな?」
場内に響いたのは向かい合ったアタルとドラネスの間に立つ審判からの声掛けだった。今回、審判を引き受けたのは騎士隊のドラネスとは別の隊の隊長だった。ドラネスよりも年上で、正義をモットーとし不正を許さない男であるため、彼が選ばれた。
「ドラネス、こうなったからには何も言わん。しっかりと力を見せよ。そして、冒険者殿は厄介ごとに巻き込んでしまって申し訳ない」
審判の騎士はドラネスには激励の言葉を、アタルたちには謝罪の言葉を口にする。二人は黙って頷いた。
「そして、私が審判を務める限りどちらかに肩入れをすることはないので安心してもらいたい。今回は敗北を認めた場合、これ以上の戦闘は不能と私が認めた場合、一方の全員が気絶した場合相手側の勝利とする。……双方、異存はないか?」
それぞれの顔を見ながらの彼の言葉に、アタルとドラネスは頷いた。
「それでは各自配置について……」
審判の騎士の言葉を合図に、アタルとドラネスは一度視線をかわすと自陣に戻って行く。修練場は大きな円形の舞台となっており、各チームが対角線上の端に位置してのスタートとなる。
配置につくとドラネスたちはアタルたちを強く睨むも、アタルたちは程よく力の抜けた状態で立っているだけだ。
「――はじめ!」
審判の言葉と同時にドラネスの部下が飛び出すように走りだして、アタルたちへと向かう。
しかし、アタルたちはキャロとバルキアスを先頭にゆっくりと歩を進めていた。
「相手は全部で十人。恐らくドラネスは俺に向かってくるだろうから、そこをキャロが相手してくれ。多少の怪我はさせても構わない。それとバルは……他の騎士を自由に叩いていけ。さっきも言ったが殺すなよ?」
このアタルの指示を耳にすると、二人とも返事もなく素早く動き始めた。
ようやく力の一端を込めて走り出したキャロとバルキアスが迫る速度は騎士が走る速度をはるかに上回っており、その動きに怯んだ三人の騎士は思わず足を止めてしまう。
「止まるな!」
それを見たドラネスは苛立ちながらも後方から叱咤して、自身も速度を緩めずに走っている。
「まずは、足を止めたやつらから……」
愛銃を構えたアタルはぽつりとつぶやいて通常弾を足を止めた騎士の肩と足に素早く撃ち込んでいく。
「うがっ! な、なんだ!」
「くそっ、いてえ!」
「ど、どこから!?」
全弾命中するが、全身鎧を身に纏っている騎士には衝撃によるダメージを与える程度だった。
「なかなか、いい鎧だが……これなら」
足を止め、弾丸による衝撃を受けた騎士たちは体験したことのない攻撃方法に戸惑い焦っている。彼らへ放たれた弾丸が命中した部分の鎧はへこみ、そこだけ防御力が弱くなっていた。
狙いすましたようにアタルはそこへ向けて貫通弾を撃ち込んで行く。
「ぐわああああ!」
先ほどの衝撃とは比べ物にならない痛みに襲われた一人目の叫び声に前を走っていた騎士も、ドラネスですらも声の主に視線を向ける。そこには肩を抑えてのたうち回っている騎士の姿があった。
「うわあ! あ、あしがあああ!」
視線を逸らした次の瞬間叫んだ二人目の騎士は痛みに足を押さえる。
「ぎゃああああああ!」
続けざまに叫んだ三人目は肩と足を同時に狙われ、二か所から来る激しい痛みにただただ声をあげるしかできなかった。
ただ剣で斬られたのであれば、訓練を積み重ねてきた彼らもなんとか耐えられたかもしれない。しかし、どこから攻撃が来たのか、何が自分の身に起こっているのかわからず、ただ襲い来る原因不明の痛みは彼らの心もへし折っていた。
「ぐっ、卑怯な!」
騎士から視線を戻したドラネスは、この状況の原因がアタルだろうと決めつけ、彼を睨み付けようとする。
「あなたは知らない攻撃をしてきたら一度待って説明をするように敵に言うのですか?」
だがそこへ静かな声音で問いかけながらキャロの剣がドラネスに襲いかかる。
「くっ、な、なぜこんなに!」
なぜこんなに近くにいるのか、この少女と自分の距離はまだもっと離れていたはずだろう? なぜ少女なのにこれだけ強い力で攻撃をできるのか? そんななぜがいくつも重なるがドラネスは反射的に突き出した自分の剣でなんとかキャロの攻撃を受け止めていた。
「……たかが冒険者、たかが女、たかが狼、そんな風にたかがたかがと相手の力量を推し量れず、低く見るからこういうことになるんだぞ」
冷たい目をしたアタルは銃をおろし、キャロたちの戦いを眺めていた。もう、自分の役目は終わったという意思表示だった。
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