第百六十六話
それからアタルはブラウンのもとへ行くと、同じ処置をブラウンの工具にも施していく。
「ほうほう、これなら防具作製も問題なく行えそうだ。素材を提供してもらった上に工具の準備までしてもらって悪いな」
テルムほどの驚きはないようだったが、ニッと歯を見せて快活に笑うブラウンは感謝の気持ちを持っていたようだ。
「いや、作ってもらうのはこっちだからな。これくらいの手助けはさせてもらうよ」
アタルは今回、作成するものの難易度を考えると、少しでも手助けできることはしておかないと完成までの道のりが遠いと考えていた。自分にできることをしようと考えた時に工具への細工を思いついただけなのだ。
「まあ、そうなんだがな。それにしてもこれだけの素材を用意して、俺たちの工具を使えるものに仕上げるとは……お前さん本当に何者なんだ?」
アタルたちがただの冒険者でないことはわかっていたが、そんな言葉では表せないほどの何かがあることをブラウンは感じていた。目を細めてすっと探るような視線をアタルに向ける。
「何者って言われてもな、俺もキャロもただの冒険者だ。バルキアスもただの狼だ。……そういうことにしておいてくれ」
アタル自身は神によって力を与えられ、特殊な武器を使っている。キャロはその恩恵を受けている。バルキアスにいたってはフェンリルという神獣種だった。しかし、それを話すわけにはいかないため、肩を竦めつつアタルは言葉を濁すことにした。
「……ふむ、言えんということか。まあ仕方ないな。言えないほどの何かがあるということで手を打っておくか。俺は俺の仕事に集中するとしよう……仮眠もとらせてもらったからな」
それ以上深く追究するつもりはないようで、ブラウンは視線を作業中のものへと移す。アタルが工具への処置をしている間、ブラウンには休憩をとってもらっていた。
「あぁ、よろしく頼む」
「俺のほうはしばらくこなくても大丈夫だぞ、そうだな……三日後くらいにきてくれれば大丈夫だ。ちなみに、この工具は三日後でも効果は続いているか?」
思い出したかのようなブラウンの疑問に、アタルは頷く。
「それくらいなら大丈夫だ。恐らくだが、七日程度は持つと思う」
アタルは自分の使った魔力量、そして使った魔石の数からおおよその効果期間を算出する。
「ふむ、それなら十分だな……ちなみに、これをすることで何かデメリットはあるのか?」
本来ならできないことを工具を無理やり強化することで行う。それならば、どこかに負担がかかるのではないか? それがブラウンの懸念だった。
「あー、そういえばそうだった。しまったな、テルムにも説明してないぞ……まあいいか。これも恐らくという前置きつきになるが、効果が切れた時に工具が壊れる可能性がある。ブラウンに言われるまで完全にど忘れしていた」
玄武の素材加工にばかり気がいってすっかり忘れていたアタルは顔を手で覆い、失敗したと天を仰ぐ。
「ふむ、それならば問題はない。俺もテルムも工具は定期的に入れ替えている。特にテルムの場合は多くの武器を作っているから、俺よりも入れ替えが激しいはずだ」
メリットばかりではないだろうと見当がついていたようで、特に気にした様子もなく頷いたブラウンはアタルの懸念を振り払ってくれた。アタルが少し細工した時に慌てたのは単純に何をするのか分からなかっただけで、仕事以外で工具がダメになるのを恐れたのだろう。
「そうだったのか、俺のイメージだと職人は長年同じものを使っていて、自分用にカスタマイズされているからそれが壊れるとなると大ごとだと思っていたよ」
テレビや本などで見た情報では日本の職人は、それぞれが自分が使いやすいように工夫が施された工具を長年愛用していると聞いたことがある。それを思い出したための考えだった。
「そんなに長く使える工具があれば便利なんだがな。今は使い捨てとまでは言わんが、ある程度使い潰す形だ」
それを聞いたアタルは、それも長年使っていけるものがあれば便利なのではと考えを巡らせるが、それをどうやって作るかまでは考えつかなかった。
「まあ、それだったらよかったよ。だが、説明しなかったのは悪かった。テルムにも謝罪してこないと」
説明不足に申し訳なさを感じたアタルは腰を上げようとしたが、ブラウンが手で制止する。
「いらんいらん、そんなことよりも出来上がったものに感想をくれてやったほうが何倍も喜ぶから、あいつのこともしばらく放っておいてやれ」
否定するように大きく手を振ったブラウン。互いのことを良く知っている彼の言葉であれば、そうなのだろうとアタルは腰を下ろす。
「なら、あっちに顔を出すのも数日経ってからにしたほうがいいか。テルムの工房は客が来ていてナタリアが対応に追われていたからなあ」
「ふん、誰でも彼でも依頼を受けるからそんなことになるんだ。俺を見ろ、誰も、客なんて……来ないから……っ……」
ブラウンは悪態をつきながらも最終的に自分の口にした言葉で自身がダメージを受けてしまっていた。
「ま、まあ気に入った相手からしか依頼を受けないってのも、凄腕の職人っぽくていいんじゃないか? こう、拘りがあるみたいな」
哀愁すら漂うブラウンの落ち込みが作業に影響してはまずいと思ったアタルがなんとかフォローしようとし、一人でも励ましの多い方がいいだろうとキャロにも目配せする。
「そ、そうですよっ! 大体、今回の依頼だってブラウンさんじゃなかったら誰にもできなかったことですっ!」
『ガウ!』
キャロとバルキアスが続けて慰めの言葉を口にする。
なんとなく空気を読んだバルキアスはただ吠えただけだったが気持ちは伝わったようで、次に顔を上げたブラウンは気合の入った表情になっていた。
「うむ、そうだったな。この依頼は俺じゃなければ達成できない! アタル、キャロ、バルキアス、三日後を見ていろ! お前らにピッタリの防具を用意してやるからな!」
どんと腕を叩いて笑顔を見せたブラウンを見て、彼の機嫌がなおってよかったとアタルたちはほっと胸を撫でおろす。
こうして、職人二人は新たな工具片手に作業へ没頭し、アタルたちは約束のとおり三日後になってから工房に顔を出すこととなる……。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




