第十六話
街道に戻って先を進んだ二人が依頼の目的地である村に着いて、見かけた村人に話を聞くとすぐに依頼主は見つかった。
「ようこそいらっしゃいました、あなた方が依頼を受けてくれた冒険者ですな」
朗らかに微笑む依頼主はここの村長だった。穏やかな人柄がうかがえる人物だ。
「あぁ、そうなんだがこれは一体どういう状況なんだ?」
二人は案内された村長の家の前で大勢の村人に囲まれていた。最初に話しかけた村人から他の村人へと話が言ったらしく、作業していた手を止めてでもどんな人物が来たのか見に来たようだった。
「申し訳ありません、それほどに我々は困っているのですじゃ」
困惑した顔で問いかけたアタルに対して村長は苦笑交じりに薄くなった頭をへこへこと下げながら、現状について謝罪する。
「あー、まあわかった。とりあえず依頼について説明をしてもらえるか?」
大体の事情を察したアタルはさっさと依頼に入りたいと考え、村長に話を促す。
「ここではなんでしょうから、中でお話しましょう」
せっかく来てくれた冒険者をもてなしたいという村長の誘いにアタルは首を横に振った。
「いや、ここで構わない。少しでも早いほうがいいみたいだから、ここで聞いてすぐに解決に向けて動かせてもらいたい」
集まってきた村人の表情は疲れ切った顔、縋る表情、悲しみにくれた表情だった。それを見ていたアタルの判断だった。キャロもコクコクと同意するように頷いている。
「お、おぉ、そうですか。それでは早速……このあたりは農業を生業としておるのですが、ここ最近森からウルフの群れがやってきて困っておるのです。過去にもそういってことは何度かあったのですが、それでも数頭程度だったので村の者でも撃退できたのですじゃ」
村人にも腕に自信のある者もおり、数人がかりであれば数頭と戦うのは問題なかった。彼らもただ襲撃を甘んじて受け入れてきたわけではなく、自分たちでやれることはやろうとしたのが伝わってくる。
「ってことは、数が多いのか」
話を聞いて先を予想したアタルの質問に村長は曖昧に頷く。
「それも、そうなのですが……ウルフの群れの中に、大型種が一頭混ざっておりまして、その魔物に村の腕利きの者たちも……」
そのまま黙ってしまった村長だけでなく、周りにいた女性も沈痛な面持ちだった。中には初めて聞いた者もいるのか村長の言葉に驚き、事実を知って険しい顔をするものもいた。
「ボスクラスの魔物がいるってことか……キャロ、俺たちで倒しに行くぞ。場所を教えてくれ」
ぽんと肩を叩いて言ったアタルの言葉に力強くキャロは頷いた。
「た、倒してくれるのですか?」
あっさりと答えるアタルに村長は驚いて質問する。
「ん? それが依頼内容なんじゃないのか? 俺は冒険者ギルドで依頼を受諾してここに来た。あんたたちの依頼はそのウルフやボスウルフを倒すこと。だったら、俺たちはその依頼を遂行する」
依頼を遂行するために来たのに何を当たり前のことを? そう思ったアタルは首を傾げていた。
「い、いえ、その、依頼はウルフの討伐というだけで……なんというか、ボスウルフの話はしておらんので……」
村長や村の一部の者はボスウルフの話は知らなかったことにして、依頼料の追加を免れようとしていた。
本来それだけ強い魔物が出るのであれば、依頼のランクも上がり、それに伴って当然依頼料も上がる。しかし村のたくわえではそれをするのは難しかった。事情があるとはいえ、虚偽の申告に心を痛めていないわけではなかったのだ。
「いいんだよ。あんたたちはボスウルフのことは知らなかったってことにしておいてくれ。俺は俺の力を試したいからそいつがいるのは願ったりかなったりだからな。……それで、場所はどこなんだ?」
気にするなと手を振って再度場所を訪ねるアタルに対して、慌てたように一人の男が一枚の地図を持ってくる。
「こ、この印の場所です。今いるのがここで……」
簡易的な地図だったが、村があまり広くないのですぐに場所を把握することができた。
「わかった、じゃあ俺たちは行ってくる。夜になっても戻って来なかったらギルドに連絡を入れてくれると助かるよ。それじゃ」
しばらく地図をじっと見ていたアタルはそれをたたむと右手をあげて村人たちに別れを告げる。そしてキャロを伴って地図の示す場所へと真っすぐ向かって行った。あっという間のできごとに村人たちは呆然と立ち尽くして彼らを見送るしかなかった。
「あ、あのアタル様。よろしかったのですか?」
目的地に歩いていく最中、キャロが心配そうに問いかける。
もし話のとおりであれば、ランクを超えた危険な依頼であり、本来ならば報酬をもっともらえる依頼であるはずだったための質問だった。
「あぁ、本当のところを報告したら俺の冒険者ランクだと受けられないものになるだろうからな。いい腕試しになるだろ」
むしろいい機会だと捉えているアタルはにやりと笑っていた。その好戦的な表情にキャロはますます気を引き締めていこうとぐっと意気込んだ。
「さて、このへんで止まるぞ」
印の場所までの距離はかなりあるところでアタルは足を止める。周囲には人の気配は全くないが岩があったり、草が高く生い茂っていたりしており、洞窟のようなものが遠くに見える。
「まずは、様子を探ろう」
ウルフたちが住処にしている場所が見えるところでスコープを覗いた。自身の目で見てもいいのだが、より精度が高い方がいいと考えたのだ。
「とりあえずウルフが十体。それに……あれがボスウルフってやつか……毛色は暗い赤だな」
「暗い赤!?」
見えたものをキャロにも共有しようと話すアタルの言葉を聞いたキャロが驚いて声をあげる。何か心当たりがある様子のキャロにアタルが視線を向ける。
「あ、あの、私の記憶が正しければですが、それは恐らくデスウルフと呼ばれる魔物です。通常のウルフの何十倍もの力を持っていて、動きの素早さもものすごいとのことです。通常であればAランク以上の依頼になるかと……」
焦ったように覚えている情報を引き出しながら話すキャロは最後のほうを少し言いよどんでいる様子だった。ボスウルフと聞いていたが予想よりもずっとランクの高い魔物が相手にいると彼女はそう告げていた。
「そうか、それなら好都合だ。俺の力を試すのにいい機会だな。問題は……」
敵の情報からアタルは頭の中で戦い方を考えつつ、キャロに返事を返した。彼からはキャロの情報を聞いても何の焦りも感じられなかったことがよりキャロの緊張をほぐした。
「私がどこまで動けるか、どう動くかですね」
ゴブリンもアタルがあっさりと倒してしまい、そのあともここに来るまで戦う機会がなかったため、見た以上のキャロの力をアタルは確認できていなかった。
しかし、キャロは大丈夫だというようににこりと笑っていた。
「さすがに一人でデスウルフを倒すとまではいきませんが、他のウルフなら私でも戦うことができると思います」
それは自信のある言葉だった。ぐっと短剣を握った彼女はもういつもの幼いだけの少女ではなかった。
「そうか……だったら俺の奇襲攻撃でウルフ何体かを倒す。そのタイミングでキャロは残ったやつらを倒してくれ。もちろんデスウルフとやらはお前には近づけないようにするから安心してくれ」
キャロはアタルのその言葉を信頼しており、迷いなく頷く。アタルの攻撃を邪魔せずにいかに自分が動いていくか考えていた。
「それで、あいつの動きが速いとなると、俺の弾丸だけでは簡単に倒せない可能性がある。だから……」
「ウルフを倒したら、デスウルフの注意を引き付ければいいんですね。承知しました」
アタルの言葉を先読みするキャロ。できないことをできるとは言わない、そう心に決めている彼女だったがためらうことなく力強い返事を返した。
その言葉に彼女のやる気を感じ取ってふっと笑みがこぼれたアタルは表情を切り替えて口を開く。
「よし、それなら作戦を伝える」
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