第百五十三話
冒険者ギルド
いま、アタルとキャロとバルキアスはギルドマスタールームにいた。
そして、森の中でアタルたちに難癖をつけて来た冒険者たちも同様にギルドマスタールームにいた。ただし、両者のその姿勢は全く違っていた。アタルたちはソファに座っていたが、冒険者たちは額を床につけている。
「あー、謝罪とは言ったがそこまでしなくても……」
土下座するほど謝って欲しいと思っていたわけではないため、アタルはその様子を見てやや引いていた。
「わ、私もここまでしてもらわなくても良いかと思いますっ」
奴隷時代の経験から誰かに頭を下げられることにあまり慣れていないキャロも、アタルと同じように困惑していた。特に冒険者たちに興味のないバルキアスはくわっとあくびをしてキャロの足元で座っている。
「いーや、ちゃんと謝ってもらわないとね」
それはギルドマスター、アウリスの言葉だった。ニコニコと笑顔のままなのが逆に恐ろしい。
「他の冒険者に難癖をつけて、素材を奪おうだなんて許せないことだよ?」
謝罪すれば許すということはアウリスのせめてもの恩情だった。穏やかながら追い詰めるような口調で冒険者たちに向けて話す。
「俺からも謝ります、俺の仲間が申し訳ありませんでした……!」
絡んで来た冒険者たちと一緒に頭を下げたのは、彼らのパーティリーダーだった。彼はしばらくの間、街を離れていたため仲間がそんなことをしていたとは知らなかった。だがリーダーとして仲間の失態に誠意を見せている。
「あ、あぁ……あんたの関係ないところで起きたことだから、そこまで謝ってもらわなくてもいいんだけどな」
更なる謝罪に困惑するアタルの言葉にも、彼が頭を上げる様子はなかった。
「アタルさんもこう言っているのですから、みなさん頭を上げてはいかがでしょうか」
淡々とした口調でクライブがそう言ってとりなすと、冒険者たちはおずおずと顔を上げた。
「……本当にすまなかった」
一番最初にアタルたちに声をかけた男が再度謝罪の言葉を口にする。知らなかったとはいえ、悪いと思う気持ちが強いのだろう。
「いや、気にしないでくれ。納得してくれたなら構わない」
難癖をつけて来た事に関しての謝罪は十分だとアタルは思っており、同意するようにキャロも隣で何度も頷いていた。
「あのー……それで一体どうやって?」
森にいた魔物は何組もの冒険者が命を奪われ、誰も倒すことができなかったほど強力なものであり、それを倒したアタルとキャロにパーティリーダーは興味を持っていた。せっかく会う機会があったのだから話を聞かせてもらえたらと淡い期待を持って聞く。
「それは言えない。……言っておくが、あんたたちだから言わないんじゃなく、ギルドマスターにも話していないことだ。おいそれと手の内を晒すなんて真似はしたくないんでな」
気にしないでくれと言ったアタルの表情は柔らかいものだったが、言えないと断言したアタルの表情は一変して厳しいものだった。
他の冒険者の手の内を知ろうという考えをアタルは許容することはできないため、ここは厳しい口調になる。
「あ、あぁ、すまなかった。そうだよな、俺が浅はかだったよ……」
思わず口をついて出た言葉の意味に気づいたパーティリーダーは反省して肩を落としていた。
「それではこのへんでみなさんは部屋から出て行ってもらえますか? このあと色々と話さなければならないことがありますので」
落ち込むパーティリーダ―をよそにクライブはいつもの冷静な様子で冒険者の男たちに声をかけると、すぐに部屋を出るように促していた。冒険者たちは再度アタルたちに軽く頭を下げると部屋を出て行った。
「さて、まさかあんなトラブルに巻き込まれているとは思わなかったけど、一件落着でよかったよ」
アウリスは部屋を男たちが出て行った扉を見つめながら苦笑いしていた。
「全くだ……それで、金のほうはきまりがついたのか?」
やれやれと肩を竦めたアタルの質問にクライブが頷き、静かに立ち上がると奥の書斎デスクに乗っていた袋を持ってくる。
「こちらが、この間の素材に対する報酬となります。お受け取り下さい」
どさりと大きな音をたてて、アタルたちの前のテーブルにそれが置かれる。
「これはまた……かなりの量だな」
中身を確認していないが、音と見た目の重量感からそれなりの金額であることはわかった。
「初めて見た素材だし、これだけの金額を払うのに十分価値があると思っているよ」
これはアウリスが個人の財布から出した金だったが、それでも高いとは思っていないようだった。柔らかく微笑むその表情からも研究の為なら財布の紐がゆるいタイプなのだろうと分かる。
「わかった、ありがたく受け取っておくよ。……そうだ、これも渡しておく」
彼の気持ちを汲んだアタルはマジックバックから素材を取り出すと、それをテーブルに乗せた。
「これは?」
「玄武の爪、の一部だ」
甲羅、一部の肉以外にも骨や爪などの素材も採集できていた。そして、大金をもらうことになると予想していたアタルはさすがに悪いと思ったのか、爪だけでもおまけを渡すことにした。
「こ、これももらっていいのかい? あ、でもこれ以上ってなるとお金はちょっと厳しいかな……」
思わぬ追加提供にアウリスは歓喜するもすぐに困ったように笑うが、アタルは首を横に振る。
「それはサービスだ。これだけの金を用意するとなると、さすがに相当大変だっただろ? 元々は俺は金はいらないと言っていたが、あんたはそれを良しとしなかった。そのへんであんたの人柄をうかがえたから俺も何か返したいと思ったんだ」
アタルの言葉に打ち震えているアウリスは酷く感動している様子だった。その隣にいるクライブも表情はいつもと変わらなかったが、内心ではあの時、アタルのことを見込んでよかったと思っていた。
「それじゃ、これはありがたく頂くよ……ふふ、かなりのサイズだね」
爪の先端部分だったが、玄武は元々のサイズが大きいため、たとえ一部であってもそれなりの大きさだった。
「あとは、俺たちの装備を作ってくれる職人を紹介してくれる話だったよな」
玄武の爪を嬉しそうに眺めていたアウリスはアタルの言葉に、視線をクライブに送る。
「もちろんです。紹介状も書きましたので、こちらをどうぞ。私の名前を出せば、すぐに話を聞いてもらえると思います」
凄腕の職人であるため、日々多くの依頼をこなしているが、自身の名前を出せばそこに割り込めるだろうとクライブは考えていた。
具体的な工房の場所についてもクライブは地図を用意していた。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




