第百五十話
「まず一つ目だが核は譲れない。これはどうにも規格外だからな、これが市場、もしくはギルドに流れるのはあまり好ましくないだろ? 俺たちが何かの取引をする時の隠し玉にしておく」
それを聞いて、一瞬だったが笑顔のアウリスの表情が固まった。彼らとしては、核の研究をしたいというのが一番にきていたからだった。
「一つ目がそれとして、二つ目はなんでしょうか?」
だがクライブは全く表情が変わらず、冷静なままアタルに続きを話すよう促す。
「あんたは冷静だな。二つ目は素材の甲羅だが、これなら譲ってもいい」
「本当に!?」
興奮からアウリスは思わず立ち上がりかけるが、それは隣に座るクライブの手によって止められる。
「条件はどういったものになるのでしょうか?」
その条件が重要なのだと、クライブは視線でアウリスを窘める。すると少し残念そうにアウリスは再び腰を下ろした。
「甲羅を加工できる職人を紹介してもらいたい。自分たちでは加工できないし、かといって武器や防具に加工できる人物のアテもないからな」
アタルの発言にすぐさまクライブは自分の手帳を確認する。
「……わかりました。その素材を譲って頂けるのであれば職人を紹介しましょう。恐らく彼ならあの素材でも加工できるはずです」
使い込まれつつも手入れの行き届いているクライブの手帳には様々な職種の人間のことが事細かに書いてあった。
「助かる。……で、どれくらい必要になる?」
「それは……」
アタルの質問にクライブはアウリスを見た。ここはギルドマスターとしての判断を求めたのだろう。
「あー、そうだね。そちらがどれだけの量を確保したのかわからないけど、多ければ多いに越したことはないかな? もちろん、紹介だけじゃなく量に応じて金の方も払うよ」
それは妥当といえる申し出だった。つまりはアタル次第、ということになるが、所有している素材の量がわからないのではそれも仕方ないことだった。
「ふーん……それじゃあ、とりあえず馬車にあるだけ持ってこよう。キャロ、行ってくれるか?」
「わかりましたっ」
話の流れでそうなるだろうと予想していたキャロは笑顔で了承するとすぐに立ち上がって、馬車へと向かった。バルキアスは彼女を手伝う番ではないのだろうと伏せたままだ。
「それで、甲羅以外の素材についてだが、肉がいくらかと皮があるくらいだ。肉のほうは戦闘の際に大きく傷ついてしまったんでな」
アタルの弾丸によって、内側から焼かれた玄武の肉や内臓はそのほとんどが欠損してしまっていた。倒すためとはいえ、そうなると素材利用は難しい。
「ちなみに一応説明しておくと、魔物の特徴は頭が四つある怪物だった。この甲羅を背中に背負っていて、単純な防御力の高さでいえばあれほどの魔物はそういないんじゃないか? だから、まあ甲羅が大きな特徴だな」
アタルの発言になるほどと頷きつつ、クライブは手帳にメモをしている。
「それで、どうやって倒したかは……」
遠慮がちなアウリスの問いかけに、アタルは首を横に振る。
「だよねー、そりゃ手の内をさらけ出せと言われて言うようなら、素材も核もお金でオッケー! ってなってそうだよね、はぁ……」
ダメもとで聞いたようで、わざとらしく明るくそう言うと、ぐったりと背もたれに体重を預けてアウリスは大きなため息をついた。
「一つ言えるとしたら、俺と同じ武器を持っているやつはいないと思う。まあ、仲間も俺の仲間と同じレベルのやつはそうそういないだろうな」
自分だけの力ではなく、キャロやバルキアスがいたからこそできたことだとアタルは言う。バルキアスはそれを聞いて嬉しそうに尻尾を揺らす。
「それでは、通常のパーティでは難しいでしょう……来たようですね」
眼鏡を押し上げたクライブはキャロの足音が聞こえてきたため、会話を途中で止めた。
「お、お待たせしましたっ」
あるだけ持ってくるとアタルが言い、女性であるキャロに取りに行かせたことから、それほどの量でもないのだろうと考えていたアウリスとクライブの口はポカンと呆気にとられたように開いていた。アウリスはともかくクライブのこの表情はなかなかお目にかかれるものではない。
「キャロ、ご苦労様そのテーブルの上に置いてくれ」
外からわからないように布がかぶせられていたが、キャロの両手いっぱいに抱えられたそれがかなりの量だということは一見しただけでわかった。
「こ、これは……」
うろたえたようにそれだけ言うが、余程驚きが強いらしく、クライブは次の言葉が出なかった。
「これが俺たちが倒した玄武(仮)の甲羅だ」
不敵な笑みを浮かべつつアタルが布をとると、そこには十枚の甲羅があった。一枚のサイズが約2メートル四方であり、一枚一枚がド迫力だった。
「まさか、これほどの大きさで、これだけの枚数があるとは……」
驚きに包まれたままクライブはそう言いながら、これをどうしたものかと頭の中で考えを巡らせていた。これだけのものを譲ってもらうとなればかなりの額が必要になる。
「クライブ、そこじゃないよ」
それまでの笑みをひっこめたアウリスは鋭い目つきでそっと甲羅に触れていた。
「これは……すごいね、魔物からこれだけの硬度のものが採取できるなんて……これは大発見だよ!」
数とサイズだけで見たクライブとは異なり、アウリスはこの甲羅の特性を見て驚いていた。
「お飾りのギルドマスターかと思ったら、しっかりとした鑑定眼を持っているんだな」
「ふふっ、まあね。ギルドマスターになるには、ある程度の実績を残す必要があるんだけど、僕の場合は色々な新しい素材やアイテムの発見、それらの新しい利用法の考案がその実績になったのさ」
アタルの失礼な言い方は気にも留めず、アウリスは自分の有能さをドヤ顔で語っていた。
「アウリス、そんなことよりも正しい報酬額を決めないと。かなりの金額になりますが、大丈夫ですか?」
「あー、ちょっと考えないとだね……ごめんね、できればこのまま二人とも待っててほしいな」
二人は部屋の隅の棚の前に行くと、帳簿を取り出してあれこれと相談を始めた。
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