第百四十八話
翌朝もアタルたちが起きてくると、昨日に近いくらいの客足だった。人でいっぱいの食堂は大変にぎわっている。
昨日話し合った結果、食事のメニューは五つに絞り、そのうちの一つは最も自信のある料理、残りは手間をかけずに仕上げだけおこなえば良いものにした。
これだけで料理人の負担が減り、また注文を受ける際もわかりやすくなっている。
次に変えたのは給仕と客寄せパンダ。キャロは善意で手伝い、バルキアスは主人の助けをと客寄せをしていたが、それを今日は禁止する。
「うぅ、大変そうですね……」
キャロはバタバタと忙しそうにしている主人と女将を見て手伝いたい気持ちが強くなり、もどかしさから落ち着きがない。
「ダメだぞ、昨日の行列の原因の一つはお前なんだからな」
キャロは給仕をしている際に、メイド服のような制服を借り受けており、愛らしい姿のキャロを目当てにする客が大勢いた。だからこそアタルはわざと厳しい口調でキャロを律した。
『キャロ様可愛かった!』
昨日のキャロの姿を思い出したバルキアスが尻尾をパタパタ振りながら褒めるが、今度はアタルの矛先がバルキアスへと向くことになる。
「お前もだぞ。女性客のほとんどはお前目当てだったからな……。はぁ……二人とも少しは自分の魅力というものを理解したほうがいいぞ」
ため息交じりで呆れた様子のアタルの言葉にドキッとしたキャロは顔を赤くしていた。
「そ、そんな、魅力的だなんて」
嬉しそうに照れた表情のキャロを見て、アタルは自分が何を言ったかを自覚する。アタルは急に自分の言ったことが恥ずかしいことのように思えた。
「あー、まあ、そうだな。……いや、まあ二人がいなくなったから少しは客足も鈍るだろ」
なんとかしようとして結局うまくごまかせないアタルだったが、無理やり話を軌道修正する。
「喜んでいいのか、悪いのか……」
客が少なくなることは本来喜べるものではないため、キャロは複雑な表情になった。
「もともと二人が手伝うのは、想定外のことだし、俺たちの目的地はここじゃないからな。長居できない者を戦力としてあてにするのはまずいだろ」
肩を竦めながらそう言ったアタルの意見は尤もであり、キャロも後ろ髪引かれる思いがありながらもやはりアタルの意見に賛同するしかなかった。
「なあに、大丈夫さ。そのために昨日は夕食後にも色々と話し合いをしたんだからな」
アタルが出した案は料理を限定させただけではなく、色々と楽をできる方法を提案していた。始めたばかりでは慣れずにそれを実感できずにいるようだったが、それも時間の問題だった。
「さて、俺たちは街の散策に行こう。確か、昼過ぎには手伝いが来ると言っていたから俺たちが心配するまでもないさ」
アタルの楽観的な言葉にキャロは、主人であるアタルがこういうのであればきっと大丈夫なのだろうと思い始めていた。
『わーい、昨日のホットドッグ食べたいー!』
街の散策と聞いてバルキアスはアタルが買ってきたホットドッグを思い出す。相当あの味が気にいったらしく、喜びから尻尾を大きく振っていた。その言葉を聞いてキャロも空腹に染み渡ったあの味を思い出して、笑顔になっていた。
「よーし、それじゃあ今日は美味い物巡りといこう!」
「おーっ」
『おー!』
それから一行は日が暮れるまで、のんびりと街の散策に明け暮れた。
アタルたちが夕食前に宿に戻ってくると、行列はできていなかったが食堂にはそれなりに客が入っているようだった。
「お、少し落ちついたみたいだな」
予定どおり手伝いが加わったようで、夫婦は落ち着いて宿の業務を行うことができていた。朝までの目まぐるしいような忙しさの雰囲気は消え去り、夫婦本来の穏やかなものへと戻っている。
「あ、みなさんおかえりなさい!」
アタルたちに気づいた主人が柔らかな笑顔で声をかけてくる。その表情は昨日とは違い、疲労の色は薄かった。
「今日は少し余裕が出てきたみたいだな。それで、昼間はどうだった?」
その質問を受けた主人は笑みを深めつつ、大きく頷いた。
「アタルさんの助言のとおりにやったおかげで、私たちがこなせるレベルの集客に落ち着きましたよ!」
「これからの問題は、この先どれだけの客が来てくれるかだな。昨日のアレは明らかに、この宿と食堂の許容量を超えていた。だが、今日のこれが最高値だとあとは減っていく可能性が高い」
テンションが上がっている宿の主人と対比するように、アタルは冷静に現状を分析していた。
「いえ、そこまで考えて頂くわけにはいきません。あとは我々で意見を出し合って考えてみます。みなさんには返しきれないほどの恩を受けてしまいましたから、今後この街で宿をとる際には必ずお寄り下さい!」
これ以上は大丈夫だとやんわりと首を振りながら、宿の主人は協力してくれたアタルたちへの感謝を述べる。
一時はたたむことまで考えていた宿に、これだけの客を呼び寄せるアイデアのヒントを出し、更に多すぎることに対して早い段階での解決案を出してくれたアタル。宿の給仕として活躍してくれたキャロ。客足パンダとして頑張ってくれたバルキアス。
それらに対する恩義を強く、強く感じているようだった。
「まあ、そんなに気にしなくてもいいけどな。ちょっと言っただけだったし、結果を出したのはあんたたちで俺は実際には動いてないわけだから」
昨日の繁忙期にもアタルは一切手を出さず、今日も案だけだしてキャロたちと出かけていたのが事実であるため、そこまで持ち上げるられることにどことなく落ち着かなかった。
「我々はそれほどにありがたいと思っているのですっ」
「あー、わかったわかった。それだけ思ってくれてるってことだな、気持ちはありがたく受け取っておくよ。それじゃあな」
アタルは話がループすることを予期して急かすように先に話を切りあげて、さっさと部屋へと向かう。その様子に店主が戸惑ってキャロへと視線を移す。
「照れてるんです。気持ちは伝わっていると思いますので安心して下さいっ」
クスっと微笑んだキャロはアタルのフォローをいれてから、バルキアスと共に部屋へと向かって行った。
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