第百四十六話
それからのキャロは、宿の給仕として働くこととなる。
最初は宿の店主と女将も客であり、恩人であるキャロに手伝ってもらうのは悪いからと断っていたが、客足が急激に増え人手が足らない状況ではそうも言ってられず、結局はキャロに手伝いを頼むこととなった。
「さて、キャロが宿で働いている間、俺は街の散策でもしておくか」
ゆっくりと街を見て回る機会がなかったため、アタルは一人でぶらぶらと街中を歩いていた。バルキアスはキャロの傍にいるようでついてこなかった。久々の一人行動であったが、これまでの街とは雰囲気が違うため、ただ周りを見ているだけでも楽しむことができた。
どうやらこの国では肉よりも豆などの料理が多く、外で見かける出店などでも、やはり豆料理が主になっていた。
「ほー、これはこれで美味そうだな。一つもらえるか?」
途中見つけたいい匂いのする出店に近づいたアタルが話しかけると、エルフの店員は気さくな笑顔を見せる。
「あいよ! 数ある店の中でうちを選ぶとはにいちゃんお目が高いね!」
タオルのような布を頭に巻いた店員は豆で作ったソースをホットドッグにかけていく。にかっと快活な笑顔とはきはきとした物言いは気の良さを感じさせた。
「豆のソースか、なかなか美味そうだな」
「嬉しいこといってくれるねえ! ほら、ソースをサービスだ!」
アタルの言葉に気をよくした店員は溢れんばかりのソースをかけていく。ほどよく焼かれたソーセージの上にたっぷりとのったソースは見た目と匂いでアタルの食欲を刺激する。
「おぉ! いい匂いだ!」
ホットドッグが仕上がるのを見てアタルのテンションはあがっていた。ソースのこともそうだったが、この世界でもホットドッグが食べられることを喜んでいたのだ。
「熱いから気をつけなよ」
包み紙にくるまれたホットドッグを渡されると、待ちきれなかったアタルは店主の忠告も聞かずにすぐにかぶりついた。
「あつっ! はふはふ……」
「だから言っただろ? ほれ、水飲め」
苦笑しながらも店員はコップに水を汲んでアタルに手渡す。
「あ、ありがと!」
コップをひったくるように掴むとそれを一気に飲み干す。急いで飲んだため、少し口の端から水がこぼれた。
「ふぅ、助かった。でもアツアツで美味いな! 特にこのソースがいい!」
口を拭ったアタルはテンション高く店員に言う。それほどに美味かったようだ。
「嬉しいねえ! ほれ、今作るからもっと食え!」
熱いと言いながらもガツガツ頬張るアタルの食べっぷりに嬉しくなった店員は更にホットドッグを作っていく。
「ありがと! 仲間にも食べさせてやりたいから、いくつか包んでくれるか?」
いつになく表情を緩ませたアタルは食べる手を止めずに、店員に注文をする。
「おう、任せときな!」
アタルの注文を受けて、ホットドッグを五つほど作るとそれを持ち帰りやすいようにバスケットに詰めてくれる。その頃にはアタルは一人で三本のホットドッグを食べ終えていた。
「ふー、腹いっぱいだ。これありがとうな、料金おいてくよ」
満足げに頷いたアタルはバスケットを受け取ると、代金を店員に渡す。店に値段が掲示されていたため、店員も特に考えずに受け取ったが、それを何気なく確認した途端、表情を一変させた。
「お、おい! これ、間違ってるぞ! こんなにもらえない!」
小さな出店の一商品であるため、価格はかなり抑えられていたが、アタルが置いたのは金貨一枚だった。掲示されている金額をはるかに上回る支払いに店主は慌てて突っ返そうとする。
「いいんだ、美味い物に出会えたことに感謝してるし、今後も美味いものを提供してくれることへの期待込みだ。それに、わざわざバスケットまで用意してくれたからな」
アタルは今後に期待しての投資だと受け取らない意思を示す。そしてそれ以上の追及を避けるように出店をあとにする。
「あ、ありがとうな! また寄ってくれ! 色々アイデアがあるから、それも食いに来てくれ!」
慌てたように店員は身を乗り出してアタルに礼を言うと、返事代わりに手が振られているのが遠くに見えた。
アタルはそのバスケットを片手に宿に戻ることにする。さすがにできたて熱々のままというわけにはいかなかったが、アタルはバスケットの温度が下がらないように魔法で覆っているため、温かいものをキャロたちに食べさせることができると考えていた。
しかし、宿に戻ったアタルはそれは無理かもしれないと思わされる。
「これは……一体なんなんだ」
頬をひくつかせて宿前の道端で立ち尽くすアタル。彼が宿を出る時も混雑していたが、なぜか今はその時をはるかに超えた混雑ぶりだった。
宿泊客であるアタルは、それを口にしながらもなんとか人混みをかき分けて宿へと入る。
「あ、キャロ! これは一体どういうことなんだ? いくらこの街に宿が少ないといっても、この人の数は異常だろ」
中も人でいっぱいだったが、受付にいたキャロを見つけると足早に近寄り、アタルは困惑気味に問いかけた。
「アタル様! おかえりなさいっ! なんか、みなさん食事だけでもといらっしゃったお客様みたいです。もうお部屋は全ていっぱいになっていますので……」
アタルを見つけたキャロの表情は気を許した相手に向けた柔らかいものになる。だが次の瞬間にはせっかく来てくれたのに部屋を提供できなくて申し訳ないといった表情になった。それを聞いたアタルは周囲を見渡していき、理由を把握する。
「なるほど……これはどうしたものか。今、引き離すのもまずいか……わかった。キャロ、とりあえずがんばって手伝ってくれ。夕飯は一緒に部屋で食べよう」
アタルとキャロが話している最中も、男性客のほとんどはキャロに視線を送っていた。エルフの国に他種族がいることはそう多くはなく、更には獣人の女の子が宿の手伝いをしているということは極稀なことである。愛らしい容姿と身長のわりにたわわな胸が男性客の心をわしづかみにしているようだ。
「男はキャロ目当てがほとんど、女はあっちか……」
アタルが視線を向けた先で女性客に囲まれているのはバルキアスだった。街の散策に出る際にアタルに誘われたが、主人であるキャロの傍にいると忠義をみせたバルキアスは、今や女性客に餌付けされて求められるままジャンプしたりくるくる回ったりと愛嬌を振りまいていた。
「これはしばらくは落ち着かないだろうな……」
エルフの宿は長らく宿業務だけやっていたが、あまりの繁盛ぶりに店主夫婦がもともと雇っていたシェフを呼び戻し、食堂も再開させていた。
食事だけでもOK、宿泊客は料金に食事代が含まれているとあっては、宿だけでなく食堂が混雑するのも当然のことだった。
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