第百四十二話
キャロとアタルが素材剥ぎ取りを開始してから、一時間。
「……なあ、これ、もういいんじゃないか?」
未だ終わりをみせない作業にアタルが音を上げる。元々こういった作業はキャロに任せていたのだが、今回は大きさがそれなりにあるためにアタルも協力していたのだ。
「アタル様は一番奥にあるはずの核の摘出だけやってもらえますか? そうしたら、残りは私のほうでやっておきますのでっ」
キャロは手際よく素材をとっており、その手を止めることなくアタルに答えた。
「わかった。悪いがどうも素材剥ぎ取りは向いてないみたいだから、残りのほうは頼んだぞ」
キャロの指示どおりにアタルは肉を切って内部へと進んでいく。核は心臓のようなものであり、魔物の中心部に存在する。魔物が死んでからも核には力が残っており、アタルは能力を駆使してその魔力を感知しながら進んでいた。
「死んでも結構わかるものだな」
アタルは自身の魔力感知能力に合わせて魔眼の力を使い、その道筋を進んで行く。肉は弾丸の力で焼かれているため、切りやすく、核のある場所へ進むのも簡単だった。
少し進むと、いよいよ目的の場所の目前まで辿り着く。
「この先に……」
核に傷をつけないようにと気をつけながら肉を切っていくと、すぐにそれが見つかる。
「デカッ!」
思わず声をあげるほどのサイズの核がそこにはあった。ここまでのサイズになるといつも以上に綺麗に獲得したくなるものだった。
「どーかしましたかーっ!」
驚くアタルの声は外にも聞こえたらしく、心配したキャロが声を外から声をかけてくる。
「なんでもないー!」
外へ向かって返事をして、視線を戻したアタルはゆっくりと丁寧に核を取り出していく。
慎重に取り出そうとするが、核には肉や繊維がまとわりついており、なかなか取り外せなかった。だがアタルは根気よく何度も何度も周りについているものを削ぎ取っていく。
「くそっ、これが、なかなか、とれないん、だ!」
やっとのことで核を取りだす頃には、アタルの身は肉片で汚れきっていた。
「くそっ、身体が臭い……とっとと出るか」
アタルは自分の身体が悪臭を放っているのを感じて悪態をつきながら、核を手にその場をあとにした。
外に出ると、キャロはいまだ作業中だったが、バルキアスが目を覚ましていた。
「お、バル、目を覚ましたのか」
アタルが両手で核をかかえながら声をかけると、その声に気付いたバルキアスは尻尾を振りながらアタルに近寄ろうとする。
『アタル様! ぐえっ!』
しかし、近づいて来た途中で変な声を出すとバルキアスは急いでアタルから距離をとった。
「ど、どうかしたか?」
急な行動に驚いたアタルがうろたえながら声をかけると、後ずさりしたバルキアスは自分の鼻を押さえながら答える。
『アタル様……臭いっ! 鼻がもげそう!!』
嗅覚がアタルたちよりも優れているバルキアスは、肉片まみれのアタルが放つ悪臭に耐えられなかった。
「お、おう、ごめんな……やっぱり臭いか……」
薄々自分でもわかってはいたが、改めて言われたことでアタルはそこはかとなくショックを受けていた。
「ちょっとあっちで水浴びしてくる……」
アタルは核を持ったまま、離れた場所に移動すると水の魔法を自分にかけて汚れを流していく。布を取りだしてごしごしと洗っていくが、汚れは落ちるものの、一度こびりついた臭いがなかなか落ちないため、身体が冷え切るほどに水を浴びることになってしまった。
『臭い!!』
そして、アタルがやっと自分の臭いがとれてきたと思ったところでびしょ濡れの身体を拭いていると、再びバルキアスの不満げな声が響き渡った。
どうやら肉の採集まではしなかったが、玄武の甲羅や骨や爪などを剥ぎ取っていたキャロも強烈な臭いを発しており、アタル同様、バルキアスによる洗礼を浴びることとなったようだ。
「うぅ、バル君酷いです……」
せっかく役にたてばとがんばって素材を集めていたキャロに対してバルキアスの言葉はストレートに彼女を傷つけていた。しょんぼりと肩を落としたキャロがバルキアスの前でうなだれている。
『えっと、いや、そのごめんなさいっ。でも、その臭いが……うぅっ』
主人である彼女を傷つけたことに気付いたバルキアスがなんとか謝罪しようとするものの、その鋭い嗅覚が敏感に臭いを察知して邪魔をしていた。
「キャロ、許してやれ」
タオルを髪にかけたまま戻って来たアタルは自分も同じ反応をされたが、それでも臭いに関しては仕方ないと考えていた。
「うぅ、でも、でもぉ……」
「まあ気持ちはわかる、あっちの木陰で水浴びをしてくるといい。俺が素材の洗浄をやっておく。そうだ、これを使うといい」
臭いの事もあっていつものように撫でることはしないものの、アタルは幾枚かの布と、洗浄の石鹸をキャロに渡した。
「あ、ありがとうございますっ!」
自分のことを気遣ってくれたアタルに対して感激したキャロは笑顔になる。
「……俺のは酷い臭いだったが、キャロのはすぐ落ちるはずだろ」
少し離れた木陰に向かうキャロの背中を見送ったアタルは疲れた顔をしていた。
「バル、あとでキャロに謝っておけよ。理由がなんであるにせよ、女の子に向かって臭いなんて言うのはよくないことだからな」
アタルは素材の近くに移動しながら声をかけるが、どうしても臭いが耐えられないバルキアスは返事をすることなくいまだ距離をとっていた。
「ふう、まあ先にこっちをやっておくか」
キャロだけでなく、素材もそれなりに汚れて臭いを発していたため、水魔法で洗浄していく。イメージは水道に繋いだホースから出る水。それを手から生み出して、じゃばじゃばと素材を洗い流していく。
一通り洗浄が終わる頃にはキャロが身体を拭いて戻ってきた。
「お、キャロも終わったか」
「はい、ありがとうございました……それと、ごめんなさいっ」
もじもじとタオルに顔をうずめながら少し赤い顔をしたキャロが頭を下げる。
「ん? 何かあったか?」
アタルは思い当たることがなかったため、首を傾げる。
「いえ、その、あんまり良くない態度だったなあと思いまして……」
「そのことか、それはバルに言ってやってくれ。あいつも反省してるだろうから、お互い様ってことでな」
「はいっ」
アタルの言葉を聞いたキャロは表情を明るくして大きく頷くと、いつの間にか姿の見えなくなったバルキアスを探してキョロキョロと周囲を見渡していた。
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