第十四話
「キャロは何か受けてみたいのあるか?」
「うーん、最初はなるべく安全そうな依頼を受けたいです。戦闘も久しぶりなのであまり自信がないですし……」
依頼掲示板の前で二人はどんな依頼があるかを確認しながら見ていた。その中でもキャロは素材採集系の依頼を中心に探しているようだった。
「そうだなあ」
キャロの意見を聞きながらアタルが探していたのは魔物討伐系の依頼が中心だった。キャロのレベル上げもそうだが、戦闘自体が嫌いではない彼は自然とその方向で探していたようだ。
「……アタル様、何か危険な依頼を探していませんか?」
アタルの雰囲気からそれを察知したキャロが質問するが、アタルは笑顔で彼女の頭を撫でて誤魔化しながら依頼を順番に見ていく。
「もう、アタル様ったら」
しかし、こんなやりとりもキャロにとっては大切な時間だと考えていたため、彼女の表情も柔らかな笑顔だった。
「よし、これとこれを受けよう」
アタルが依頼掲示板から剥がし、手にした依頼の一つはキャロが選ぼうとしていた採集系の依頼だった。
「薬草の採集、十枚で一束。それを十束ですか……少し多い気もしますが、これなら安全にできそうです、けど」
自分の意見も取り入れられていたことにキャロはほっとしていたが、その一方でアタルが手にしたもう一枚の依頼が気になっていた。
「これか? これはウルフ討伐の依頼だ。どうやら、ここの近くにある小さな村で畑が荒らされて困っているらしい」
やはり、とキャロは肩を落とす。どうやっても魔物との戦闘をするつもりだろうと思っていたが、まさかウルフを相手にするとは思っていなかったようだ。ウサギの獣人であるがゆえになんとなく肉食系の魔物に恐怖を抱いてしまうのは本能だろうか。
「そんな顔をするなって。色々な依頼を受けていくつもりだから、やっぱり戦闘は避けられない。大丈夫だって、俺がサポートするから」
そう言うとアタルはキャロの背中を軽く押して受付へと向かった。最初、キャロは戸惑うように振り返りながら進んでいたが、次第に諦めの方が勝ったのか大人しく前を向いて歩きだした。
「度々悪いな、この依頼を受けたいんだが」
アタルが向かったのは先ほどと同じブーラの受付だった。依頼用紙を受け取るとブーラはカウンターの下から依頼受付用の魔道具を取り出す。
「早速ですね、承知しました。それでは冒険者ギルドカードの提示をお願いします」
アタルがギルドカードを差し出すと、それと依頼書を魔道具の上に乗せた。一瞬淡く光ったようにも見えたが、特に見た目に変化はない。
「はいこれで完了です。依頼についてご質問があれば承りますが」
ブーラは依頼用紙をアタルに渡しながら、そう付け加えた。先ほどの対応から見てきっと何か聞きたいことがあるかもしれない、と予想したのだ。
「薬草のほうは図鑑みたいなものはあるか? それと依頼達成報告はここに持ってくればいいのか?」
ブーラの予想通り、アタルから二つの質問が出てきたことで眼鏡を中指であげてから頷いた。
「まず、こちらが薬草になります」
そう言って提示したのは持ち運びやすいサイズの小さな冊子で、ちょうど開かれた場所には依頼の薬草の特徴が絵と共に記されていた。
「そして、この冊子は進呈します。薬草以外にもいくつかの素材の特徴が記されています。あなた方のように確認に来られる方には渡しているのですが、なにぶん冒険者には話を聞かない方も多いので」
そこまで言ってブーラは苦笑していた。冊子を適当にパラパラと見ていたアタルはやはり情報収集は大事だと改めて思っていた。
「おっと、もう一つの質問の返答がまだでした。依頼達成もこちらで受けていますので、その時に空いている受付へどうぞ」
アタルは疑問が解消された上に、便利な冊子を手に入れたことに満足していた。
「色々とありがとうな。またわからないことがあったら質問させてもらうよ」
「はい、お気軽にどうぞ」
ブーラは丁寧なお辞儀をして、アタルたちを見送った。
アタルとキャロがギルドから出ると、二人の前に立ちはだかる者たちがいた。
「おい、お前ら」
三人いる男たちは皆揃いも揃っていかつい顔をしているが、筋肉質な身体と装備から見て冒険者であろうことは予想できた。
一人は髭面で、斧を背負っている。一人はスキンヘッドで片手剣を帯剣している。もう一人は目立った武器はないが下品な笑いを浮かべていた。
しかし、アタルは特に足を止めることなく咄嗟にキャロの手をひいて直角に曲がって避けようとした。急な動きにキャロは驚きながらもアタルに黙ってついて行っている。
「お、おい! お前たち無視するんじゃねえ!」
無視されたことに苛立った男たちは意外にも素早い動きでアタルたちの進行方向に回り込んでいた。
「せっかく無視してるっていうのに……それで何か用か?」
これではいつまでたってもついてきそうだとアタルはため息をついて、呆れた表情で男たちを見ていた。いかつい男三人を目の前にキャロはハラハラとした表情でアタルの袖を握っていた。
「お前たち新人だろ? だったら、俺たちが面倒みてやるよ。その代わり……金と、あとはその嬢ちゃんを少し貸してもらおうか」
髭面の男の下品な雰囲気を感じさせる言葉と視線に恐怖を感じたキャロは身体をビクリと震わせ、カチンときたアタルはピクリと眉を動かしていた。怯えきってしまったのかへにゃりと耳を垂らし、ぷるぷると震える身体を抑えるようにキャロはアタルの腰のあたりにぎゅっと抱き着いている。
「それを聞いて、俺が黙って頷くとでも思ったのか?」
アタルはそんなキャロを抱き寄せるようにかばいながら目を細めて鋭い視線で男たちを見ていた。
「はんっ! 生意気な口をきくやつだな。わざわざ俺たちが面倒みてやるって言ってるんだ。大人しく従っておけばいいんだよ!」
全くこちらの意見を聞く気がないアタルに苛立った一番前にいた髭面の男がアタルに掴みかかろうとするが、それはするりと避けられた。
「くそっ、避けんじゃねえよ! おい、お前たち!」
空振りに終わったことで余計に苛立ちを募らせた男たちは三人でアタルとキャロを囲むように位置する。周囲に目をやれば揉め事に巻き込まれたくないのか遠巻きにしている様子が見て取れた。
「こ、これはどういうことですか!」
騒ぎを聞きつけてギルドの入り口に現れたのはブーラだった。彼は受付の責任者であり、なにやら外が騒がしいため、様子を見に来ていた。
「チッ、受付の野郎か。これは俺たちの問題だ、いちいち邪魔するんじゃねー!」
スキンヘッドの男がそう怒鳴りつけるが、動じることなくブーラは毅然とした態度で睨み返す。こういった輩がいることは日常茶飯事なのだろう。
「あー、ブーラ。いいんだ、俺が片を付ける。こいつらの話に少しイライラしたからな」
「てめえも生意気な野郎だな、おう! やっちまえ!!」
アタルの言葉にブーラはここは静観することに決めたようで少し下がっていった。それを見て調子に乗った髭面の男の指示で他の男二人がアタルへと襲いかかる。だが一歩たりともそこから動かずにアタルはにやりと微笑んで愛銃を取り出した。
「さよならだ」
アタルはライフルを構えると照準をつけずに、男たちに一発ずつ銃弾をお見舞いする。見ていた者たちからするとそれは一瞬のできごとで、アタルが何をしたのかわからなかった。だが何かが爆発するような音がしたのだけは理解でき、何があったのかと周囲を見回してみたりする者もいた。
「ぐはっ!」
「げふう!」
「ぐえええ!」
そして気付けば男たちは三者三様の反応でその場に倒れこんだ。大の男三人が倒れこんだせいで大きな音と共に床の砂埃が舞った。
倒れた男たちもなぜ自分が倒れたのか理解できないまま、ぐったりと気絶していた。
「ア、アタル様、一体何を?」
「ん? あぁ、邪魔だったから少し気絶してもらっただけだ。さすがにここで殺すわけにはいかないからな」
アタルが使ったのは通常弾ではなく、念のために作成していた気絶弾だった。
何が起こったのか近くで見ていてもわからなかったことに戸惑いを隠せなかったが、ブーラはこの場が終結したことだけは理解した。
「アタルさん、あなたは一体……」
男三人相手に汗一つかかずにいる彼を見たブーラはアタルの強さの一端に触れたことで驚きを隠せなかった。冒険者としてはいささか常識の足りない細身の彼のどこにこんな強さがあるのだろうと呆然とアタルをみつめることしかできなかった。
「んー、まあそのへんは内緒だ。普通は自分の力をそうそう吹聴しないだろ? ところで、こいつらの処置頼めるか? ただ気絶してるだけなんだが」
アタルの指摘のとおり、三人は気を失っているだけで血の一滴も流していなかった。周囲もこの事態を呆気に取られて見ていたが、アタルのその言葉で一気に時間が動いたかのようにバタバタと対応に動き始めた。
「は、はい、承知しました。彼らに非があるのはこの場にいる全員がわかっていますので、大丈夫です」
「それじゃ、頼む」
その答えを聞いたアタルは震えの止まったキャロをつれて喧騒に包まれるギルドをあとにした。
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