第百二十九話
「その精霊郷とやらに行って何をするかは考えているのか?」
どんな理由であるにせよ、イフリアが行きたいというならば許可するつもりのアタルだったが、初めて聞いた地名に興味を持ち、何をそこで成すのかを質問する。
『精霊郷では試練を超えたもののみが得られる力があるらしい。我はその試練を受けずとも力を持っていたため、受けなかったのだ……しかし、おそらくあのミーアという精霊は実力を見るにその試練を突破しているはずだ……』
それほどにミーアの強さをイフリアは感じ取っていたようだ。神妙な面持ちにもその気持ちが表れている。
「なるほどな、自らの強化のための帰郷ってところか」
アタルの言葉にイフリアはしっかりと頷く。
『またあいつらと対峙した際に、我が一人でミーアを請け負う。……そう自信をもって言えるようになっておきたいのだ』
契約者であるアタルの目を真剣に見つめるイフリアの決意は固いようだった。
『……行っても良いだろうか?』
「だから、いいぞって言っただろ? 話を聞く前から反対するつもりはなかった。お前のことだから、何かしっかりとした考えで言っていることはわかっていたからな」
遠慮せずにやりたいことをやってこいと背中を推してくれるアタルに胸を打たれたイフリアは思わず言葉に詰まる。
なぜ彼はここまで自分のことを信頼してくれているのか? それがイフリアが抱いた疑問であり、それと同時に嬉しくあった。彼と共に過ごした時間など精霊として長い年月を過ごしてきた時間と比べたらとても短いというのに、これほどに嬉しいと思ったのは初めてだった。
「まあ、そういうことだから俺たちのことは気にしないで好きに行ってこい。契約してるから、魔力をたどれば俺のもとには戻って来られるだろ?」
『っ……うむ! 待っていてくれ! 我は今よりも強くなって戻ってくる!』
じわじわとこみあげてくる感動に似た感覚をかみしめたイフリアの言葉は強いものだった。
「イフリアさん、待ってますねっ。次に会う時は私も今よりもっと強くなっています!」
うっすらと涙をにじませるキャロもぐっと両手で拳を作りながら自分の決意を口にする。
『僕も強くなってるよ! 次に会った時は絶対驚くんだから!』
バルキアスも旅立つ仲間が不安にならないように、元気よく宣言した。
『うむうむ! 我も負けんぞ! 次に会うのが楽しみだな! ……それでは、我はすぐに発とう!』
「強くなってなかったら契約解除するからな」
『しょ、承知したっ』
別れ際というタイミングでアタルがぼそりと言った言葉は、はっぱをかけただけなのか心から思っていることなのかわかりづらかったため、イフリアは額に汗を浮かべながら返事をしていた。それでもアタルとの間にある繋がりからは嫌な感情などないのはわかっていた。
『それでは、また!』
短くそれだけ言うとイフリアは大きく羽ばたくと空の彼方に飛び去って行った。見送るキャロは触れるだけ手を大きく振り、その隣ではバルキアスがジャンプしていた。
「……あいつあんなに速く飛べたんだな」
それが目を細めながら空高く飛んで行ったイフリアを見送るアタルの言葉だった。
「さて、俺たちは報告に戻るぞ。まずはギルド、次にガンダルの順で行くか」
イフリアの姿が完全に見えなくなったのを見送ってから再び馬車に乗り込むと、一向はイフリアがいなくなった寂しさを感じながらも街に戻って行った。
何ごともなく街に戻った彼らは再度ギルドマスタールームに呼ばれていた。
「深刻な顔で話があるとおっしゃっていたとミランから聞きました。一体どんな話なのでしょうか?」
ブレンダに問われたアタルは魔族のことを濁しながら説明するため、慎重に言葉を選んでいく。
「今回の騒動、つまり谷の魔物、それと谷から消えた冒険者たち。あと言い忘れたが、俺たちはギガイアのとこにいった帰り道に冒険者崩れのやつらに襲撃された。これを含めた一連の事件だが……」
アタルはそのまま説明を続けようとしたが、ブレンダとミランは聞き捨てならないことを聞いたと立ち上がって食いついてくる。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 襲撃された!? それも冒険者崩れということは元冒険者に!?」
「け、怪我はありませんでしたか? いや、ここにいるんだから無事なのかな? いや、でもあれ? イフリアさんがいない気が! もしや……」
ブレンダはブレンダで、ミランはミランで別々な方向に動揺していた。だがさすがは母娘なのか、その挙動はそっくりだ。
「あー、まあそうなるか。……いや、言わなかった俺が悪かった。元冒険者らしきやつらに襲われたが、難なく撃退してけがはしなかった。イフリアがいないのは、全く関係ない件だから気にしないでくれ。それで、本題に戻っていいか?」
ぼりぼりと首の後ろあたりを掻いて二人の疑問に答えながらもアタルは本筋に話を戻していく。
「え、あぁ、はい、そうですね。お願いします」
「す、すいません、騒いでしまって……」
ふと二人は自分たちだけが騒いでることに気付いて、なんとか冷静さを取り戻して再び座った。
「まあ、そういう事件があったわけなんだが、どうやらそれは全て繋がっているようだ。まず、最初に谷の魔物だが、あれはどうやら魔物を研究していたやつがあそこに放置したらしい……最後まで聞いてくれ」
再び驚こうとした二人を手で制して止める。今度はひとまず話を聞く冷静さがあったのか、ミランとブレンダは大人しく口を閉じた。
「その魔物については二人も知ってのとおり、ギガイアのもとへと持って行った。だが、犯人からすれば唯一の生還者である俺たちが魔物をなんとかした犯人だと思ったわけだ。その結果、そいつにいいように誘導された元冒険者が俺たちを襲撃した」
ミランもブレンダも相槌を打つように頷いていた。
「で、行方不明になった谷に向かった冒険者の話になるんだが……どうやったのかはわからんが、恐らくその男が拉致したらしい」
そこまで聞いていた二人は同じ考えに至ったのか、疑問を持つ。
「その、魔物をおいていったとか、アタルさんたちを襲わせたとか、拉致したらしいっていうのはどうやって知ったんですか?」
遠慮がちな口調でミランに聞かれたアタルは自分の口元を右手で覆った。すっかり言い忘れていたという顔だった。言葉を選ぶのに慎重になることに意識が向いていたせいだ。
「大事なことを言い忘れていたな、その犯人が街から出たところで俺たちに襲いかかって来たんだ。結構強かったんだけど、なんとか捕まえることができた……んだが、そいつの仲間がやってきて逃げられてしまった。すまない」
素直に悪いと思っていたアタルは最後に頭を下げる。
「い、いえいえ、アタルさんが頭を下げなくても……でも、そんなやつがいるのは危険ですね。お母さん、何か対策を考えないと」
それから真剣な表情になったミランとブレンダはギルドとしてどうすればいいかを相談し合い、ところどころでアタルたちが助言を出す流れとなった。
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