第百二十五話
アタルたちは馬車を回収して街を出て、ゆっくりとした速度で街道を進んで行く。
しばらく進んだところで、わざと馬車を街道から外れた方向に向かわせた。
「……アタル様、来てますねっ」
そっとキャロは小声で言う。
街中で感じた気配は一定の距離を保ったまま、アタルたちを尾行していた。それは、街の外に出てからも続いており、道を外れた今は距離が徐々に縮まってきていた。
「もう少ししたら仕掛けてくるかもな」
アタルの予感は的中しており、その言葉がきっかけだったかのように尾行者が速度を上げて距離を詰めて来た。
「バル、イフリア!」
距離を詰めてきたことを感じ取ったアタルが声をかけると、二人はすぐに馬車から飛び降りて尾行者を迎え撃つ。
「キャロ、俺たちもすぐに行くぞ!」
「はいっ!」
アタルは少し進んだ場所で馬車を停止させると、御者台から降りてバルキアスとイフリアのもとへとすぐにかけつける。
アタルたちをつけていたのは一般的なこの世界の冒険者の恰好をし、外套についたフードを被る長身の男だった。身体はやや細身で、馬車や馬などは使っていないため、恐らくは徒歩で追いかけて来たものだと予想できる。
唯一見える口元には気味の悪い笑みを浮かべていた。
「お前はなんで俺たちを追いかけてきたんだ?」
アタルは鋭い視線で男を見ながら質問する。キャロもバルキアスもイフリアも、いつでも戦えるように臨戦態勢に入っている。
「いやあ、ははっ、急に道を外れていくものですから何かあるのかと思ってね。ついつい気になって追いかけたというわけなんだよ」
顔を隠したままの男は軽薄に笑いながら、わざとらしい身振りでそううそぶいた。
「そうか、特に何もないぞ。ただこっちの風景をみたかっただけだ。もう戻るからお前もすぐに振り返って元の道に戻れ」
表情を変えることなくアタルは高圧的な態度で男に命令する。
「ははっ、君おっかないねえ。そんなんじゃ人とのコミュニケーションに困るんじゃないかい? 僕は僕の都合で動いているんだから、君に命令されて戻ることはないよ?」
笑いながらもどこか男の口調からは苛立ちがにじみ出ている。
「そうか、だったら俺たちが移動すればいいわけだな。おい、馬車に戻るぞ」
そんな男の態度に興味を抱かないアタルは三人に指示して馬車に向かおうとする。
「おいおい、つれないなあ。せっかくこうして会ったんだから、少しくらい話をしてもいいじゃないか」
「俺たちには話はない」
一人、アタルは振り返ってそう断じると再び馬車へと向かう。お前になど興味がないという気持ちを言葉に乗せていた。
「……だからさ、待てって言ってる、だろ!」
我慢できないといった様子でフードの男は苛立ちをこめて右足でダンッと地面と蹴り、そこを中心にアタルたちに魔力の余波が飛んでくる。すっと目を細めたアタルは男の方へと振り返る。
「それが本性か。さっきまでの馬鹿っぽい喋り方だったら話すつもりもなかったが、それなら話をしてやるよ。……お前は誰だ?」
話をしてやる、という言葉から主導権はアタルが握っていた。キャロたちも警戒を崩すことなくじっと男の動きを見ている。
「お前生意気だよ! 今までいろんなやつと会ったけどお前ダントツ。俺が誰かって? あぁ、いいさ教えてやるよ。俺の名前はラーギル、冒険者ということにしておいてくれ」
途中までは苛立ちで強い口調だったが、最後に冒険者と名乗った時だけなぜかやや弱い口調になっていた。
「ラーギルね。それも本当の名前だかどうだか……お前、冒険者じゃないだろ」
アタルの指摘にラーギルは眉をピクリと動かす。
「何言ってんだ、ほら冒険者ギルドカードだって持ってるんだぞ。そんなことより、なんなんだお前の態度は……明らかに人を舐めすぎだろ」
ラーギルが提示してきたカードは正真正銘冒険者ギルドカードだったが、それが余計にアタルの疑いの気持ちを強くする。
「お前、それをどこで手に入れた」
「どこでって、ギルドに決まって……」
ラーギルが笑って言おうとするが、全く信じていないアタルは表情を変えなかった。
「おい、嘘をいくつつけば気がすむんだ? 名前は本当かもしれないな、自然と口にしていたように見える。まあ、仮名の可能性もあるがそれはどうでもいい。そのギルドカードはどこで手に入れた?」
アタルは質問に答えるまで次の話に移るつもりはないと、強い意志を持っていた。
「はぁ……ばれたなら仕方ない。そうだよ、このカードは道に落ちていたのを拾ったんだ。身分証明に便利だからな」
観念した様子でラーギルが悪びれた様子もなく答えるが、それでもアタルの視線は緩まない。
「お前、どうやってそんな恰好しているんだ?」
カードについて本当のことを言うつもりがなさそうなラーギルに対して、アタルは切り口を変えた質問をする。
「アタル様?」
ぱっと見でフードで顔を隠しているが、ラーギルの見た目は一般的な冒険者の恰好でそれ以外に変わった様子がないため、キャロは首を傾げていた。
「くっ、くははははははっ! お前すごいな! 全部わかってるのかよ!」
次の瞬間、ラーギルは気でも触れたかのように腹を抱えて大声で笑いだした。その笑い声にキャロたちはますます警戒を強める。
「俺の眼にはしっかりとお前が映ってるよ」
ただ真っすぐラーギルを見つめるアタルは魔眼に魔力を込めており、男の正体を看過していた。
「それじゃあ、仕方ない。改めて自己紹介をさせてもらおうか」
ひとしきり笑ったラーギルはフードをとると、一番上に羽織っている外套を投げ捨てる。
すると、男の正体がその場にいる誰の目にも明らかとなる。
「角? ……まさか、あなたは!」
「そうさ、俺は見てのとおり魔族だ。そっちのやつは最初から気付いていたみたいだがな」
愉快といった様子で口の端をあげたラーギルの頭には角が生えており、皮膚の色も青みがかっていた。
「さて、それじゃあ最初の質問に戻らせてもらうぞ。お前は誰でなんの目的があって俺たちを狙うんだ」
今度はラーギルもその言葉に答えるつもりがあるらしく、口を開いた。
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