第百二十一話
その後、何か覚えていないか確認したがおおよその背格好以外にめぼしい情報を得ることはできなかった。
「こんなものか。まあ、多少でも情報が手に入ったからよしとするか……それで、お前たちをどうするかだが、どうしたい?」
聞くことは聞けたかと自分の中で納得したアタルは当の元冒険者たちに質問する。
「ど、どうと言われても……そりゃ、見逃してもらえたらそれが一番だけど……」
言いにくそうに男のうちの一人がそう答えた。そんなことは無理だろうとわかったうえでの回答だった。
「まあ、見逃してもいい」
だからこそあっけなくそう返したアタルの言葉に男たちはざわめく。
「ただし! 次に悪事に手を染めた時は徹底的に潰すからな!」
一呼吸置いたのち、アタルは男たち全員に睨みをきかせ、威圧しながら言葉を発する。まるで風が吹き抜けたのかと思うほどの威圧に男たちは言葉を発せなくなり、ただアタルから目を離せずに息を飲むだけだった。
「あと、お前たちは俺たちに貸し一つだからな。何かあったら俺たちに力を貸してもらうぞ」
その言葉と共にアタルが威圧を抑えたことで、男たちはほっとしている。
「顔は、覚えたからな」
しかし、この言葉を聞いた男たちは背筋に冷たいものが走った。
「さて、それじゃ俺たちは行くか。お前たちは歩いてこいよ」
ひらりと身をひるがえしたアタルは馬車へと戻って行った。歩け、と彼が言ったのは、戦闘中にバルキアスとイフリアは馬車の車輪を壊して、足を奪っていたからだ。
「そ、そんな……」
ここはどこの街からも距離があるため、男たちの表情には絶望の色が浮かんでいた。
「さあ、俺たちは行くぞ」
そんな男たちをよそに馬車に乗り込むとアタルたちは何事もなかったかのように出発する。
「よろしいのですか?」
男たちを許していいのか。そして、許したとしてあのままあそこに放置してもいいのか。その二つの疑問をキャロは一言に込めていた。
「あぁ、まあ大丈夫だろ。元々は悪いやつらじゃないようだし、食料も置いて来たからなんとかなるだろうさ」
元冒険者であり、困っている時の心の闇につけこまれただけの彼ら。アタルは、そこまで悪いことにはならないだろうと考えていた。
「そう、ですね……」
アタルの言葉にキャロも彼らの目を思い出したが、根っからの悪人とは思えなかった。
「さて、俺たちは報告に戻るぞ。あいつらを扇動した黒幕の存在もなんとかしないとだからな……」
アタルは実行した男たちに対しては思うところはなく、それを起こさせた犯人について怒りを持っていた。
「一体誰なのでしょうか?」
記憶を探るものの、キャロには心当たりがなく、こてんと首を傾げる。
「最初はブレンダだと思ったんだが、あいつらに指示を出したのは男だという話だ。ブレンダが誰かを雇ったのか、それとも全く関係のない第三者なのか……」
思案するような表情のアタルは自分が考えた候補を口にする。
「いずれにしても、ブレンダに報告して反応を見るのがいいな。どうやらあの母娘には何かしらの確執があるようだから、俺たちがそれに巻き込まれた可能性がある」
肩を竦めたアタルはあくまでもブレンダを疑っていた。それほどまでにアタルの持つブレンダの印象は悪かった。
「うーん、私としてはあのお二人の何かというよりは、私たちが依頼を達成して報酬を得たことを知った誰かが、もしくはあの依頼に参加した冒険者の知り合いの誰かが企んだのではないかと……」
二人の予想は異なるものだったが、それだけにいくつもの可能性を考えられるという多様性が強みだった。
『僕もキャロ様と同じで、あのおばさんは悪くないと思う。そんなに悪い臭いはしなかったし、多分だけど別のやつが犯人だと思うっ』
『うむ、我も同じ考えだ。別の者が犯人だろう』
キャロに続いてバルキアス、イフリアと連続で否定されたとあっては、さすがにアタルも考えを改めるしかなかった。たとえ自分がいくら嫌悪感を抱く相手だとしても、そのせいで真実を見失っては元も子もないからだ。
「なるほど、みんながそう判断するなら俺だけ拘って考えるのも良くないな。なら、街についた際に周囲の気配を探ったほうがよさそうだ。バル、イフリア頼めるか?」
アタルは何者かによる敵意や殺気などを感じ取るのは二人が適任だと考えていた。
『りょーかい!』
『承知した』
頼まれた二人はアタルの指示を快諾し、今から周囲の気配に気を配っている様子だった。
何も今からやらなくても、と意気込む二人に苦笑するアタルだったが、男たちがどうなったのか確認に来ている可能性も考えてその言葉を飲み込んだ。
街までの道中は手がかりをつかむことはできず、まったりとした旅になる。
しかし、街についた瞬間、何かに気付いたバルキアスとイフリアは顔をあげた。
『誰かが見てる!』
『うむ、もしや犯人かもしれんな』
二人が感じた視線。バルキアスとイフリアの言葉でアタルとキャロも神経をとがらせる。そうすると確実なものではなかったが、なんらかの気配を感じることができた。
「……とりあえずはあまり反応しないようにするぞ。俺たちが気づいたことを相手に悟られないほうがいいだろうからな。バルキアスとイフリアは視線の方向をみないようにしながら継続してくれ。感づかれないようにな」
声をワントーン抑えたアタルの指示に二人は無言で頷いた。念のためアタルは口元を見られないようにその指示を出している。
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……楽しみだな」
手綱を握るアタルは口元にゆるりと笑みを浮かべていた。これまでの戦いの中で、明確にアタルたちを敵対視する者はいなかったからだ。
ここで自分に刃を向けてきた者がいる。それはアタルを楽しませていた。
「アタル様っ、そろそろ冒険者ギルドです」
ハッとして顔をあげると確かにギルドは目前だった。それだけアタルは意識をそちらに割かれていたようだ。
「あぁ、報告に行くぞ」
気を引き締めて馬車を降りると、アタルたち一行はギルドの中へと入って行った。
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