第百十二話
「そ、それがその……」
報酬の話になった途端、落ち着きなくミランの目が泳ぎ始めていた。
「……言ってみろ。聞くから」
おそらく本来であればアタルたちが受けようと思えるような報酬ではないため、ミランはこのような反応なのだろうと予想できた。
「えっと、その、金貨一枚です……」
「…………」
今現在この依頼を受けられそうなのがアタルたち以外にいない、そしてアタルたちはギルドの都合で依頼を受ける必要がない。その彼らに対してこれしか報酬を払えないことをミランは恥ずかしく思っており、アタルも思っていたより遥かに報酬が少ないため、内心驚いて絶句する。
「金貨一枚、か。まあ、ただアイテムを輸送するだけって考えたら多いほうか……」
目的地を確認してみれば、さほど遠くない場所への移送であり、ただアイテムを運ぶという点だけ考えれば破格の報酬といえた。ただ、今回はミランがわざわざ来たことを考えると指名依頼であるとも捉えられる。
「わざわざミランがここに来て、それでいてその報酬とは、まあすごいもんだな」
ミランが心苦しそうな表情をしていたため、恐らくは母親であるブレンダの指示で来たのだろうと思われた。
「はい、すいませんです……母がいくらアタルさんたちといってもそれ以上払うことはできない、と」
身内の言動ということもあり、申し訳なさにますますミランは小さくなっていた。
「あー、まあそれは気にしないでいい。どうせそんなことだろうと思ったからな……さてどうしたものか。ミランからの頼みだったら受けてやりたいところだが、そこすらブレンダの考えの内だろうからな」
ギルドから普通に依頼をしたのでは断られてしまう。そのため、唯一話を通せるであろうミランを使いに寄越していた。
「アタル様、私は受けてもいいと思いますっ。依頼の経緯はどうあれミランさんが私たちを頼ってきたわけですし、報酬についてもミランさんは申し訳ないと思っているようです。ここはミランさんの顔を立ててあげても良いのではないかと思いますよっ」
キャロはミランのためになんとかしてあげたいと考えているようだった。
「ふーむ、まあいいか……」
「本当ですか!」
仲間であるキャロの意見によってアタルが納得したのを見たミランは嬉しさに思わず立ち上がった。
「ただし!」
しかし、アタルの次の言葉が強い口調だったため、ぴたりと固まるようにその動きを止めて座り直した。
「ただし、今回のような依頼はこれっきりにしてくれ。今回は俺たちが持ってきた物の移送であることと、ミランがわざわざ依頼をしにここまで来たことに免じて受けようと思う。だが、これでなんでも依頼を受けると思われたら迷惑だ。街に残ったのもミランには世話になったからであって、冒険者ギルドの依頼を受けるからじゃないからな」
あえてアタルはやや鋭い口調でそう言った。冒険者として旅をしているアタルにはキャロを獣人国へ連れて行くという約束もある。あくまでここにいるのは一時的なものだとはっきり言った方がいいだろうと思ったのだ。
姿勢を正したミランは真っすぐアタルの目を見て頷いた。
「もちろんです! なんでもかんでもお二人を頼るわけにはいきません。冒険者の育成を考えないといけませんし、他の街からの冒険者の呼び込みも考えないとです」
今後の展望についてミランはちゃんと考えているようだ。今を嘆くのではなく、先を見据えたミランの姿勢はアタルの心を落ち着かせるには十分だった。
「ふー……わかったよ。今回だけだからな、それにもし同じような依頼を今後するとしたらそれなりに見合った報酬で頼む」
「それは、はい、もちろんです!」
今回の依頼を受けてくれたことをミランは喜んでおり、今後の母への対応をどうするか考えるのは先延ばしにすることにした。
「よし、話は決まった……明日ギルドに向かえばいいのか? さすがに今夜ここで受け取って、依頼受諾ってわけじゃないんだろ?」
既に時間も遅く、依頼の受諾には冒険者カードを魔道具に通す必要があるため、ここではできなかった。
「そうですね、明日の昼までに冒険者ギルドに来てもらえますか?」
「わかった、それじゃ明日な」
時間も遅く、そろそろ休みたいと考えたアタルは、話はここまでだと切り上げる。それを察したミランもこれ以上いるのは迷惑だと思い、立ち去ることにした。
何度もお礼を言うミランが部屋から出て行くのを見送ると、アタルたちは再び椅子に座り直す。
「さて、どうなるやら……今回の依頼自体も何か怪しいな。運ぶだけの依頼をわざわざ俺たちに頼む理由がわからない。もちろん、アレを運ぶとなったら危険を感じるのはわかるがそれでもな」
断られる可能性も考えたら、封印球の運搬をアタルたちに頼む必要性を感じられなかった。
「うーん……でも谷の事件でこの街にいた有力な冒険者の多くがいなくなってしまったわけですから、私たちに依頼するのはわかる気がしますっ」
食事の片づけをしているキャロはアタルとは違い、今回の依頼についてある程度納得しているようだった。
「まあ、そういう見方もあるが……ブレンダはやっぱり俺たちのことを快く思っていない気がするんだよな。だから裏があるんじゃないかって。……俺の考えすぎかもな」
アタルは考えても仕方ないことに悩むのをやめた。
「明日は少し早めに出るからそろそろ寝るか。キャロはそっちのベッドを使ってくれ」
今回は部屋が空いていなかったのと、仲間が四人に増えたため、一つのツインの部屋をとっていた。一つのベッドにはアタルが、もう一つのベッドはキャロが使うことになる。
「あっ、はい! おやすみなさいっ」
寝支度を終えた二人は眠りについて、翌朝に備えることにした。バルキアスは床の一角に陣取って休むことにし、イフリアはその背中を間借りして就寝した。
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