第百九話
街に戻るとアタルたちは真っ先に冒険者ギルドへと向かう。
ギルドに入ると、ちょうどミランが受付業務を行っており、アタルたちを見かけるとすぐに駆け寄って来た。
「お帰りなさい! ご無事のようでなによりです!」
最初に四人の無事を喜んだ彼女に対してアタルたちは良い印象を持っていた。
「あぁ、ただいま。早速話をしたいんだが……」
「わかりました! 母に知らせてきますね。少々お待ち下さい」
アタルが何を言いたいのか察するとミランは駆け足でギルドマスタールームへと向かって行く。
「ミランさんは話が早いですね。色々聞きたいでしょうに、優先すべきことがわかっていて行動できるのはさすがですっ」
ミランが自分の好奇心を優先すれば、この場でアタルたちを質問攻めにしたであろうことは容易に想像できる。しかし、彼女はそれをせずに母親への報告を第一にした。
しばらく待っているとミランが階段を駆け下りてくる。
「はぁはぁ……お待たせしました! 上で話を聞くとのことなので、こちらにいらして下さい」
息を乱しながらも部屋へと案内していくミランにアタルたちは黙ってついて行く。
部屋の前に到着するとミランは呼吸を整え、静かに扉をノックする。
「どうぞ、お入りください」
するとすぐに中から返事が聞こえたため、ミランは扉を開けて四人に先に入るよう促した。そこにはミランの母が応接用のソファに腰かけて待っていた。
「わざわざ報告に来て頂いてありがとうございます。注目されている依頼ですので、下では色々な方が聞き耳を立てていますからね。外に漏れないようこちらまで来てもらいました。名乗るのがかなり遅れましたが、ミランの母のブレンダと申します」
表情を崩すことはないブレンダはそっと一礼する。
「いや、こちらこそ早い対応で助かる。一応改めて名乗っておくが俺はアタル、こっちはキャロ、それにバルキアスとイフリアだ」
アタルが仲間の紹介をすると、キャロはぺこりと頭を下げて、バルキアスはガウと吠え、イフリアは目を瞑ってバルキアスの上に乗っていた。
「こちらこそよろしくお願いします。それで、報告とのことですが……まずはそちらにお座り下さい」
ブレンダに促されるままにアタルとキャロ、そしてミランはソファに座る。
「早速になりますが、報告をして頂いてもよろしいでしょうか」
「あぁ、もちろんだ。一応先に言っておくが、俺たちは俺たちが見たままに説明する。予想は途中混じるかもしれないが、嘘は言わないからそこだけは信じてくれ」
あなたの言葉は信じられない。ブレンダにそんなことを言われても困るため、事前に念を押しておく。
「わかっています。あのあとあなた方のことは娘から聞きました。色々と秘密にされましたが、それでも信頼に足る人物であることはわかっているつもりです」
その答えに満足したアタルは頷いて報告を始める。
「まず、俺たちは知ってのとおり他の冒険者に遅れて出発することになった。そのため、他の冒険者が先に着いて何があったかは知らない」
最初から順番に説明していく。その話にミランもブレンダも静かに聞き入っていた。
「到着すると、他の冒険者の姿はなかった。俺たちは入り口で馬車を降りて奥に進んでみたんだが、そこで瘴気が集まっているのを見つけた。その瘴気は徐々に魔物の形をとっていった。角の生えた化け物といった印象だな」
そこまで聞くと、ミランもブレンダも聞いたことのない魔物の話に驚きを見せている。
「その魔物には実体がなかった。瘴気の塊だから当然のことなんだが、その瘴気を出していたのは別の魔物だったんだ。その魔物の動きを封じることで俺たちはなんとか勝つことができたんだ」
瘴気を生み出す魔物。これも初耳であり、そんな魔物がいたとあっては危険であるため、ミランもブレンダもどんどん険しい表情になっている。
「戦いを終えた俺たちは、先に向かった冒険者たちの痕跡がないか周囲をしばらくの間、辺りを散策してみた。しかし、遺体はおろか装備も服の切れ端も馬車も何も見つからなかった。何も見つからなかった俺たちはそれで戻ることにしたんだ」
あえてアタルは自分が感じた視線のことについては口にすることはなかった。
「そ、それでは当面の危険は去った、ということなのでしょうか?」
アタルの話が終わった頃、困惑交じりに口を開いたミランはそう問いかけた。
「それについては、恐らくはとしか言えないな。今回の元凶と思われる魔物については原因を取り除けたが、再び同じ魔物が現れないとは限らないからな。それに、あくまでも原因だと思われる……であって確定じゃない」
冒険者たちが姿を消したことと、この魔物がいたことが必ずしもイコールで結ばれるとは思えなかったため、アタルは曖昧な答えを口にする。
「なるほど、わかりました。他の冒険者が誰一人として戻らず、あなたたちは魔物を倒したということですから、依頼達成と認めるべきなのでしょう。ですが……」
最初のようにとげとげしさはないものの、ブレンダは言いづらそうにしている。だがアタルには次の言葉が予想できていた。
「なんの証拠もなく認めるのは難しい、だろ?」
それを受けてブレンダは静かに頷き、母の態度にミランはそんなと目を見開いている。
「一応証拠ならあるぞ。瘴気を吐いていた魔物を捕まえて来た」
元々そう言われるであろうことを予想していたアタルは特に気にした様子もなく、マジックバックから封印球を取り出す。
「これがその魔物だ。球の中に封印してあるから、瘴気を吐くことはないが……希望するならここから取り出すことも可能だぞ」
初めて見るそれを興味深そうにミランとブレンダが見ていたが、アタルの言葉を聞いて慌てて同じように首を横に振った。
「そ、そんな危険なことをしなくても大丈夫です! ち、ちなみにこれはこちらでお預かりしてもよろしいですか? 大きなギルドに運んで調査をお願いしようと思うのですが……」
調査は進めたいがアタルたちが捕まえたものを無理に譲れというわけにはいかず、顔色をうかがうようにブレンダは尋ねた。
「あー、別に構わないぞ。こんなの持ってても仕方ないからな。ただ、封印球の解除とかはそっちでやってくれよ?」
「もちろんです!」
欲しいと思っていたわけではないアタルはあっさりとブレンダに封印球を手渡す。イフリアが作り出した封印球は強力なものだったが、譲ってもらえることに喜んでいるブレンダは気付くよしもなかった。
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