目標
広大な校庭二面で行われる男子の種目は、我が校の三学年合計二七クラスの多クラスをもってして、キャパ不足と言って何ら差支えがなかった。
そのため、球技大会、種目野球は、通常の野球のルールと異なり、三イニング制で終了する超短期決戦となっていた。イニングが拡張されるのは、準決勝で五イニング。決勝で七イニングとなっている。
また、各クラスの実力は公平を期すため、野球部所属の生徒は下位打線を打つよう特殊ルールも設けられていた。
僕達のクラスの野球部は、吉村君。村田君。内川君の三人だ。
好調なペースで進んでいく試合。
校庭が人で溢れかえらないように自クラスの教室で待たされた僕は、寒いというのに窓を開けて、他クラスの野球の試合を観戦していた。
「いつもなら授業している時に、こんな自堕落な時間送れるのサイコー」
「わかるー」
ギャハハ、と遠くで男子が笑っていた。
そろそろ女子のバスケの試合が始まるらしく、他の男子は慌ただしく教室を移動し体育館へと向かおうとしていた。
「修也」
体育館へ向かう生徒に続く僕に近寄ったのは、紗枝だった。
「どうしたの?」
「これから試合」
「知ってるよ?」
「……っそ」
そそくさと、紗枝は小走りに体育館へと向かった。
一体、どうしてわざわざそんなことを僕に言いに来たのか。
……もしかして、応援に行かないとでも思われたのだろうか。
確かに、以前の僕ならば、こんなにも肌寒い中、より一層寒い体育館になんて行きたがらなかったかもしれない。
でも今は、紗枝の雄姿を見てみたいと、そう思っていた。
だから僕は、紗枝の試合を見るために体育館に向かっている。
でも、それは僕の勝手。
紗枝の知ったことではない。
じゃあ一体、紗枝はどうして僕を呼びに来たのか。
いや、呼びに来たと言うにはそれは手短で簡素で、そうだと結論付けるのは些か早計な気もする。
でも今、クラスメイトの女子に微笑みかける紗枝の屈託のない笑顔は……なんだか少し、邪推させられそうな笑顔だった。
憑き物でも取れたのか、紗枝は試合に活躍する。
運動神経も良いだなんて、僕は本当に凄い幼馴染を持ったな、と鼻が高かった。
僕も負けてられない。
そんな折、僕達のチームの野球の試合もまもなく始まると、アナウンスが成された。
「頑張って」
「うん」
試合終わりの紗枝に、僕は微笑んだ。
これだけ寒いのに汗を掻き、髪を乱した紗枝は、どこか幼げに見えた。
気を取り直して校庭。
僕達は円陣を組んでいた。
相手は、三年五組。
いきなりの上級生との試合だった。
「いきなり三年相手かー」
誰かが負け戦に挑みに行くかのように、頭を抱えていた。
「まあまあ、全力を尽くせばそれでいいじゃん」
板野君が場を和ました。
ただその和まし方は、この試合を諦めたそれに違いはなくて……。
「ねえ皆、どうせなら目標を決めようよ」
僕はそれが気に入らず、皆にそう持ち掛けた。
「目標?」
「そう、目標。折角の球技大会。向こうにはクラスの女子。あっちには先輩の女子。これは、誰かのお眼鏡に叶う良い機会じゃないか?」
「おー、確かに」
「紗枝持ちのお前が言うのが顰蹙だけどな」
「いや僕達、別に付き合っていないから」
どうしてそうなる?
板野君に、僕は冷たく言い放った。
「で、目標?」
「うん。目標。どうせならこの状況……皆で向かう方向のベクトルを合わせた方が、より力を発揮できると思わない?」
「そっかなあ?」
「妥協点が変わってくるんだ。一人の人は優勝をしたいと思っている。そうなれば、どれだけ相手が強かろうが立ち向かう気になれる。でも逆に、負けても良いと考えている人がいれば……その人は難敵相手に挑む気持ちはなくなる。
だから、そのために、今ここで皆の目標を決めるのはどうかな。この球技大会。僕達Aチームはどこを目指すべきか」
うぅん、と皆が悩み耽った。
と言っても、これはほぼ答えに近い問いかけだった。
誰かに見られているというこの状況で、邪な感情に囚われつつある人達が、マイナスな思考を抱くことは滅多にない。
そしてこのお祭りの場の大会で、最高峰の目標を口にするハードルは限りなく低い。
「どうせなら優勝してえなあ」
「採用」
「いいね、俺もしたいと思った。だって、このクラスでの球技大会、これが最後になるかもしれないんだもんな」
元より僕達のクラスの一軍に選出されるような人達は、クラス内でも人一倍勝気も備わっている人材。
導かれた答えに、僕は微笑んだ。
「じゃあ、僕達の目標は優勝ってことでいい?」
賛成。
快活な声に、僕は微笑んだ。
「僕達なら出来ないことじゃないね」
そう言うと、皆がアハハと笑い出した。
「徳井お前、結構言うじゃん」
「そう言えばお前、この前他クラスの女子泣かせてたもんな」
「なんか、乗せられたって感じ?」
「でも、悪くない気分だ」
板野君が微笑んで、僕達は目標を固めることに成功した。
そしてその目標は、僕の目論見通りのものだった。
まもなく、前のクラスの試合が終わった。
よく見ればその試合は、岡田君のクラスと二年のクラスの試合。
スコアは、十七対0。
岡田君のクラスの圧勝だった。
「凄いね」
「負けねえ」
「……よし、行こうか」
僕達はホームに向けて駆けだした。
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