再開
昼休みの練習を中断し、柴田さん達を交えて、僕達は校庭に腰を下ろして雑談に華を咲かせた。と言っても、その華咲かせは初めから満開だったわけではなかった。
いつもなら先陣切って会話を広げようと心掛ける紗枝が、今日は会話にあまり乗り気ではなかった。友達を切り捨てた人とそう簡単には打ち解ける気はない。
その態度は、まるでそんな紗枝の決意表明にも見えるものだった。
「で、それで俺がこいつに言ったわけ。お前、ポテト食べきれないならLサイズ頼むなよって」
その代わりにこの場を盛り上げたのは、岡田君。
風貌だけはチャラ男が、口数多めにこの場を盛り上げ、何とか滞っていた空気が潤滑し始めていた。
「ありがとう、岡田君」
そんな空気の読める男岡田君に、お礼を言ったのは柴田さん。
「……あん?」
「この前も、あたし達を目の仇にする人達に向けて言ってくれたから」
当時を振り返る柴田さんに、僕はなんとなく察した。
友達を売って、自分は助かろうとした彼女が、どうしてこうして学校にまだ足を運べているのか。
彼女のことを責めたいわけではない。
失態を犯した時、浴びせられるバッシングの恐ろしさを僕は知っているから、学校に通い友達と喋れる彼女のことを、素直に尊敬したのだ。
そして、彼女を迎え入れる岡田君達のクラスメイトの精神性を凄いと思ったのだ。
「岡田君が言ってくれたの。……そうやってこいつらを目の仇にして、お前達自分が同じこと繰り返そうとしていること、気付かないのって」
そうじゃなかった。
岡田君のクラスメイトは当然、柴田さん達を責めようとしていた。
そうはならなかった理由は、岡田君のおかげだったのだ。
いじめの連鎖を察した岡田君が、それを未然に防いだためだったのだ。
「ありがとう、岡田君」
「だー、止めろ止めろっ! 俺は謝礼が欲しくてあんなこと言ったわけじゃねえ!」
「……ツンデレ」
「違うわ! ……俺はただ、いじめの当事者でもない癖に許せる許せないだの、四の五の外野で吠える連中が目障りだっただけだ」
ピクリ、と紗枝が体を揺すった気がした。
「……たくさんの人から卑下な目で見られて、あたしは初めて察したよ。この前までのあたしは、自分は世界の中心にいるんだと信じて疑わなかった」
柴田さんは独白を続けた。
「でも、断罪されて敵を増やして、初めてそうじゃないって気付いた。人は薄情で、非道で、傲慢だって気付いた。
でもそんな人を馬鹿に出来ないくらい……ううん。それ以上に。あたしは自分が最低なんだと気付いた。
本当は学校に来たくないと思った。でも学校に来たのは、皆があたしを学校に行こうって誘ってくれたから。あんなことしたのにね。
そして恵美も……あたしを許してくれた。
岡田君もあたしを守ってくれた。
だからあたし、どんなに後ろ指を指されようが向かっていく覚悟を決めたの」
「……凄いね、柴田さんは」
僕が八年かけてようやく出せた覚悟を、彼女はたった数週間で決心したのだ。
「そんなことない。皆のおかげ。……そして、あたしに気付かせてくれたあなたのおかげ」
柴田さんが僕を見て微笑んだ。
「……あなたの前で、宣言するべきだと思ったの」
「何を?」
「……恵美」
「……え?」
唐突に柴田さんに呼ばれて、恵美さんは困ったように顔をしかめた。
「……本当、ごめんね」
「え。えぇ……? もう何度も謝ってもらったじゃん」
「何度だって謝ると思う。それがあたしが出来る、あなたへの贖罪の一つ。でもね、あたし……もう一つ贖罪したいことがある」
「何?」
「……告白しなよ」
「……え」
恵美さんの想い人は、板野君。
そして柴田さんの想い人もまた……板野君。
それが、二人の仲違いを生んだ理由だった。
柴田さんは恵美さんが板野君に告白しないように、あれこれと画策をしてきた。恵美さんもそれを知っていたから、告白せずに自分の気持ちを押し殺してきた。
「今すぐって話じゃない。でも、あたしの気持ちなんて気にしないでってことを言いたかった」
「……智恵ちゃん」
多分、恵美さんも胸のつかえが一つ、取れたのではないだろうか。
「うん。そうするよ」
「うん。頑張って」
「……でも、すぐには告白しない」
「え?」
「あたし、何かを成し遂げられた時に、この気持ち……伝えようと思う」
「……うん。それが良い」
優しい雰囲気が流れる中、昼休み終了の予鈴が鳴った。
慌てて、僕達は教室へと駆けだした。
「落ち込んでいるね」
帰り道、僕は紗枝に声をかけた。
「……あたし、あの子達のことまだ許せてない」
「まあ、見てればわかる」
「でも……岡田君の言うことも、一理あるなって思ったの」
「そうだろうね」
「あたし……間違っているかな」
「正しい間違っているなんてことが、ないんじゃないかな?」
どういうこと、と紗枝の顔は問いかけていた。
「どっちも正しくて、でもどっちも間違っている。当然だよ。大切な友達を守りたい。大切な友達と仲直りしたい。そんな意見がぶつかれば、ぶつからないはずないんだ。だから、向き合っていけばいいんだよ」
「……うん」
少しだけ救われた顔で、紗枝は歩調を早めた。
作者の元気は風前の灯火
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