再会
岡田君達一年七組の球技大会へ向けた強化練習が始まったことを機に、僕へのノック練習の時間はお昼休み、短時間に行われる方向へ方針決めされた。
わいわいがやがやと騒がしい校舎。校庭。
その校庭の隅で、僕はいつもの四人で練習に励んでいた。
「おっ、ナイスプレー!」
一塁線に転がったあたりをキャッチこそ出来なかったがスライディングで体で止めると、岡田君からそんな声が飛んできた。
最初に比べれば、随分と打球判断がスムーズになったし、ハンドリングも変わってきた。僕は今、球技大会へ向けて、絶対的……とまでは言えないが、ほどほどの自信を持っていた。
「ようし、来いっ!」
グラブを叩き、砂まみれのジャージを羽織り、僕は叫んだ。
カキンと乾いた打球音の後、鋭い打球が一二塁間に転がった。
届く。
全速力でボールを追って、前のめりにグラブを差し出す。確かな反動がグラブに届き、僕は体のバランスを整えた。
「取れたー!」
少しずつ難球への所作もスムーズになっていく。
こんなにも快活な声を上げたのは、いつ振りだろうか。
汗を掻きながら僕は、この状況を楽しんでいた。
そんな練習に身を投じる中での出来事だった。
「ちょっと」
それは、突然の訪問だった。
ノックバットを構えていた岡田君が手を止めた。僕以外の誰か宛だと思っていたその訪問客は、どうやら僕相手らしかった。
「ちょっとっ!」
岡田君の方にいた紗枝の怒号が飛んだ。
「待って。小日向さん」
そんな紗枝を止めたのは、岡田君だった。
そんな曰く付きの相手なのか。そう思って顔を上げると、そこにいたのは……。
「柴田さん」
先日、僕が怒号を上げて泣かせた少女、柴田さん……と、その取り巻きだった。
「智恵ちゃん」
ボール拾い係だった恵美さんが、僕達の方へ近寄ってきた。
もしかしたら、恵美さんと画策してやってきたのかと思ったが、どうもそういうことでもないらしい。
「……どうかした?」
努めて平静に、僕は尋ねた。
「ごめんね。今恵美さんも岡田君も借りている。もしかして、二人に用だった?」
ただなんとなく、僕はわかっていた。
あんな一件が遭った手前、柴田さん達からしたらこの学校生活において最も忌み嫌うべき存在になったのは僕であることだろう。
そんな僕にこうしてわざわざ会いに来た。
相応の覚悟が必要な僕に、会いに来た。
これからされる話は、彼女達なりに覚悟を持ってすべきと思った話なんだろう。
「ごめんなさい」
柴田さん達は、謝罪をしてきた。
深々と頭を下げて、僕に……。
「要らないよ、そんな謝罪」
突き放すように、僕は言う。
怯えるように、頭を下げた少女達の体が震えたのがわかった。
「この前も言っただろ?」
でも、それは心から思ったことだったのだから、仕方ない。
「……僕のことはどうでもいい。僕は生憎、他人をとやかく言える程、真っ当な人間じゃあないし、文化祭の一件だって君が腹を立てる理由はよくわかる」
その言葉に、少女達は頭を上げた。
「……徳井君」
「恵美さんとは、仲直り出来たの?」
「……うん。恵美、優しいから」
「良い友達を持ったね」
「うん。……うん」
恵美さんは言っていた。
本来の柴田さん達はとても良い人なんだと。その彼女達を変えてしまったのは、互いが互い、心に秘めた恋心なんだと。
誰かを愛すること。
それが与える影響はいつだって計り知れない。
一国の王が悲恋をすれば戦争になるかもしれない。
愛する人が屠られた憎しみを復讐心に変える人もいるかもしれない。
実に、愚かなことだと思う。
でも僕は、それを責める資格は一切ない。
何故なら僕もまた、かつてその気持ちに染まり失態を犯した哀れな男なのだから。
「僕の方こそ、ごめん。あの時はその……激昂しすぎた」
粛々と謝罪した僕を、柴田さんは許してくれた。
人を恨むことは簡単だ。
でも、人を許すことは簡単ではない。人は人を許す時、プライドとか色々な気持ちが邪魔をして、素直になれないことがとても多い。
……でも、彼女は僕を許してくれた。
「ありがとう。君は、とても優しい人だね」
だから僕は、柴田さんにそう微笑んだ。
下記は少し前に書いた主人公の優しい人に対する論。
「人は優しい人に対して聖人って言ったりするけど、要は自分にとって都合の良い人をおだてているだけだよなって」
はい。
はい。
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