練習
「遅いぞ修也。どうした、顔色が優れないけど」
ポジション決めの後、僕は紗枝と一緒に岡田君と恵美さんを待たせていた集合場所に行った。
そこで岡田君に言われた言葉は、自覚はなかったが相当今の僕がやつれていたことへの証明だった。
「ガハハ。そっか。ファーストになったか」
楽しそうに、岡田君は笑っていた。
「なんだよ、その反応」
「まあ、決まっちまったもんは仕方ないだろ? むしろ良かったじゃないか。そういう悪い知らせを早めに聞けて」
「そんなに割り切りよく出来たら、こんなに落ち込んではいないよ」
「でもあんた、あの場で僕ファースト出来ないって言い出さなかったじゃない」
「それは……」
紗枝の言葉に、僕は言葉を詰まらせた。
確かにあの場ではまだ、初心者だからチームの勝利のためにも、僕は外野にするべきだと言えたはず。
「見栄を張った?」
「うん」
紗枝の言葉に、僕は頷いた。
「だったら仕方ないじゃない」
「……うん」
呆れた様子の紗枝に言われると、返す言葉はなくて僕は深く頷くしかなかった。
「まあまあ、まだ時間はたっぷりある。俺に任せておけって」
「せ、先生……!」
「お前には色々、貸しがあるからな。任せておけよ」
頼もしい岡田君の笑顔に、僕は少しだけ安堵することが出来た。
それから僕達は、学校の校庭の隅で、ノックの練習に励んだ。
ボール拾いの恵美さん。
ボール渡しの紗枝。
ノッカーの岡田君。
そして、捕球者は僕だった。
「まだいけるぞー」
岡田君の声が、校庭に飛び交った。
「まだまだー。最後までボールを目で追えー」
暗くなるまで、僕のノックは続いた。
寒空の中、僕は大粒の汗を流しながら肩で息をしていた。疲労困憊だった。
「だ、大丈夫? 徳井君」
そう声をかけてくれたのは、恵美さんだった。
「……ごめんね、恵美さん」
「え?」
「こんな練習に付き合わせて。君は関係ないのに……」
「……いいよ」
恵美さんの優しい声は続いた。
「最近、あたしも運動不足気味だったし。何より、君には恩もある」
「……うん」
その恩が何か。
僕は、それを敢えて聞くことはしなかった。
「岡田君も、紗枝ちゃんも……きっと同じなんじゃないかな」
恵美さんは、向こうにいる二人を見ながら言っていた。
「君の優しさに触れて、甘えさせてもらって。だから二人は、こうして君への協力を惜しまないんだよ」
……かつての。
前回の時間軸の僕からしたら、目ん玉が飛び出るような意外な言葉だっただろう。
そんなに他人に思ってもらえるほど、僕は真っ当な生き方はしてこなかったと、そう言って驚いていただろう。
それは事実だった。
あの時の僕は、まさしくその通り、碌な生き方をしてこなかった。
……でも。
誰かに傷ついて欲しくない。
後悔したくない。
友達を、守りたい。
色々なことを学び、色々なことを通して。
僕はかけがえのない友達を作ることが出来たようだ。
かけがえのない気持ちを、抱くことが出来たようだ。
その気持ちを……成就させたい。
だから僕は、この苦しさに揉まれる決心が付いた。
「ほら頑張って」
恵美さんの激励の言葉に、気持ちが奮い立つのがわかった。
僕には、そんな言葉をかけてもらう価値はない。
そんな感情が芽生え、どこかへ消えた。
後ろ指を指されようが。
悪魔の所業と言われようが。
果たしたいそれを果たすこと。
「さあ来いっ!」
あの日、僕が出来なかったこと。
その果てにあった景色は、たくさんの友達に囲まれた楽しいひと時。
僕は今、出来ないことに挑み、その果てに楽しさを見出していた。
野球は人の心を開く。
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