何者
怒鳴りつけた僕の声のせいか。はたまたまもなく始業時間だったためか。
教室に飛び込んできたのは柴田さんのクラスの担任教師だった。
一連のやり取りを経て呆けているクラスメイト。
泣き喚き始めた柴田さん。
そうして、怒りのまま手を出しそうなところを自制し必死に堪える僕。
「えぇ……?」
担任教師は、明らかに困った顔でその場に突っ伏した。修羅場。その三文字で語りつくせる程、教室内はカオスだった。
「先生、実は……」
そんな時事態の経緯を話してくれたのは、怒り狂った僕の顔を見て後を追ってくれた紗枝と板野君。そして、実は柴田さんと同じクラスだった岡田君の三人だった。
ともかく、一旦事態の集約のため関係者を呼ぶぞ、と教師は言い、僕と柴田さんと、紗枝がトイレですすり泣くところを見つけた恵美さんの三人は、職員室へと呼びつけられた。
その後の状況もまたカオスだった。
僕がうっかりスマホを破壊したせいで恵美さんのスマホで動画やメッセージを見ながら、先生陣数人による事情聴取は始まった。
ただ、ここでも柴田さんが泣きだして、事態の収束は中々動き出そうとしなかった。
「柴田、いい加減にしろ」
事態が収束に向かい始めたのは、学校一怖いことで知られる米俵先生が一喝を入れてくれたおかげだった。
色々な事情聴取の末、まあわかっていた内容だが柴田さんの罪状は明らかになり、ともかく喧嘩両成敗ということで僕と柴田さんは一喝された。
文句はなかった。
そもそも衆人環視の前で柴田さんを貶めて恵美さんへの謝罪を引き出すこと。その末がこれくらいの叱責で済むのなら安い話だった。
「あ、修也」
ともあれ、僕達が解放されたのはその日の放課後。結局一日、僕達は職員室に幽閉された。
恵美さんと二人で教室に戻ると、そこには紗枝がいた。
「お疲れ、長かったね」
「本当だよ、板野君は部活行っちゃったぞ」
ついでに岡田君もいた。
「二人共ごめん。先に帰ってくれても良かったのに」
「まあ、お前はどうでも良かったんだけどさ」
そう言う岡田君。
そして、気付けば恵美さんの前に、紗枝は歩み寄っていた。
「あなたが、近藤さん?」
「う、うん……」
どうでも良い。
なるほど。そうか。
恵美さんを庇う発言をしようと思ったが、紗枝の真剣な眼差しに僕は気圧された。
「……修也は怒ってなくても、あたしはまだちょっと怒ってる。あなたはいなかったけど、さっきの修也の言い分と一緒。当事者ではない人を勝手に巻き込んで、相手を傷つけるだなんて、最低だと思う」
「……うん」
委縮する恵美さん。
このままだといけないと思って、口を挟もうと思ったが。
「……よく頑張ったね」
そう言って恵美さんを抱き寄せた紗枝を見て、僕は自分の出る幕はないことを察した。
……元々、彼女がグループから疎外されたら紗枝を紹介するつもりだった。その手間が省けて、これはこれで良かったのかもしれない。
「お前も、いきなり教室に来て怒鳴りつけるなよな」
「いやいや、あれは意図的だし。衆人環視の前であの人を断罪したからこそ、あの人の立つ瀬が無くなったんだ」
それが目的だったからそうした。文句を言われる筋合いはない。
しかし、真剣な眼差しで岡田君に視線を寄越されている内に、未だ僕は自分の頭が冷えてないことを悟った。
「……ごめん」
「よしっ」
……これで良かったのだろう。
そう思った。
それから僕達は、恵美さんが落ち着くまで四人でしばし会話を楽しんで、まもなく彼女と岡田君は帰宅していった。
「ごめん」
二人を見送った後、僕は紗枝に謝罪した。
「いつかも言った。そんなにあたしに謝る必要ない」
「でも……」
今回の一件、内心でそれなりに紗枝に対して悪気はあった。
抱えた内容は様々。
でも一番は、日頃体調面も含めて彼女にしょっちゅう心配をかけているのに、結局今回の件を何も相談せずに独断でしたことだろう。
「黙ってたこと、気にしてる?」
お見通しだった。
「……あたしももしあんたの立場なら、誰にも言わなかったよ」
「え?」
「他人の色恋沙汰を漏らすだなんて、おかしな話でしょ。むしろ、それを漏らした方があたし、怒る」
「……そっか」
僕は俯いて安堵した。
「でも……」
しかし、まだ安堵するには早いらしかった。
「でも、あんた本当にその……変わったね」
「そうかな」
「……うん。正直、カッコ良かった」
紗枝の声は優しかった。
「友達に謝れ、か。正直、あそこまで友達のために怒ってあげる人だったかな、と思ったよ。もう少しあんたは、ドライな人だと思ってた」
「……後悔したくないと思ったから」
「後悔?」
「僕、これまで色々後悔をしてきたんだ。でもその後悔って、多分僕のほんのちょっとの行動で、気付きで、簡単に失くせたもので。それに気付いたら余計後悔をして。……だからだ。後悔せず、いつでも全力で頑張ろうと思ったのは」
「……そっか」
紗枝は、釈然としていないようで、しているようにも見えた。
「……本当、でも、あんたは変わった」
少しだけ、僕は居た堪れない気持ちになっていた。
こんなに紗枝に褒めてもらった機会は、恐らくそう多くなかった。
「文化祭実行委員の件であたしを庇ってくれた時もそう。その後、過労で倒れたのも……そして、今回の件も」
……ただ。
僕は黙った。
「本当、凄いよ。凄い……凄すぎて、なんだか、ね。……ねえ、修也?」
紗枝は困惑気味な声をしていた。でも、まもなく僕に向けられた視線は、真剣そのものだった。
「あなたは一体、何者なの?」
紗枝の瞳の奥に、僕は猜疑を見つけた気がした。
……僕は何者か。
そんな紗枝の問いへの答えは、
「……僕は、徳井修也だよ」
結局、そんな答えしか捻り出せなかった。
後悔したくないと思った。
友達を貶める奴を許せないと思った。
八年越しの時を経て、僕は少しずつ、あの日の払拭を果たしている。
でも、僕の根底にある部分は、多分何も変わらない。
だから、僕は……僕なんだ。
「そっか」
紗枝は微笑していた。
多分、今はそれで良いんだ、と満足したのだろう。
嘘告白編はこれで終わりです。章はまだ続くと思われる。
たくさんの評価、ブクマ、感想頂けますと大変嬉しいです。なんとか日間ジャンル別1位を取ってみたい。。。




