初詣
着物を羽織った紗枝と一緒に、僕は最寄り駅への道を歩いていた。
父は、自分の運転する車で四人で初詣の神社に向かおうと提案してくれたが、母が突如腹痛を起こしたとそれは撤回されることとなった。
結果僕と紗枝は、この寒空の中、二人で駅を目指し、そして駅から神社まで歩かないといけない羽目になった。
「ごめんね。ウチの親が突然」
「ううん。心配だね」
「まあ、大丈夫じゃないかな。母さん、昨晩年越しそばをたらふく食べていたから、それが祟ったんだよ、多分」
「そう? ならまあ、良いけどさ」
と言いながら、紗枝の顔は釈然としていない風に見えた。
こんな気分の中、駅まで歩くのは少し気まずかった。
気を取り直す発言をせねば。
何かないと探って、僕は気付いた。
「紗枝、着物よく似合っているね」
取り繕うような言い方になってしまった。
ただ、彼女が着物を着て以降、母のトラブルがありこうして紗枝の身なりへの感想を述べる機会がなかったことに気付いた。
「……あ、ありがとう」
寒さからか頬を染めて、紗枝は俯いた。
おかしい。
明るい話題を増やそうと話を振ったのに、会話は余計に減ってしまった。
どうしたものか、と僕は取り乱していた。
「……っぷ」
そんな僕の様子に、まもなく紗枝は笑い出した。
「どうかした?」
「新しい一年が幕を開けたのに、修也は変わらないなと思って」
「それ、褒めてる?」
「半分くらい?」
「半分褒めていてくれるなら、まあいっか」
「いいんだ」
僕達は笑い出した。
少しだけ、さっきまでの陰鬱な空気は薄れていた。
「思えば、こうして修也と初詣に一緒に行くのは初めてだね」
「そう言えばそうだ」
「あたし達、家族ぐるみの関係だったから、クリスマスは一緒にパーティーしたし、観光の時だってほとんど一緒に行ったのに、初詣は盲点だったね」
「まあ、新年早々から余所の家庭と一緒に行動するってのも、中々珍しいことだろうしね」
「そうだね。でもそっか。だからあたしお正月嫌いだったんだなって今気づいたよ」
「と、言うと?」
「何と言うか……我が家なのに我が家じゃないみたいな。いつもいる人がいないみたいな、そんな感覚」
「……僕、そんなに君の家お邪魔していないよ?」
「そう? そうかなあ」
多少困惑する部分もあったが、紗枝がそれなりに楽しんでいてくれているならそれならそれで良かった。
それからもしばらく僕達は会話を彩り、まもなく家の最寄り駅に辿り着いた。
午前十時くらいのホームは、正月ムードを漂わせるように、着物を羽織った女性がポツポツと見受けられた。
「修也」
「ん?」
「何目移りしてんの?」
冷たい声で、紗枝が言った。
何を言っているかわからなかったが、僕は一先ず視線を泳がすことを止めた。
「修也は、御賽銭の時、神様に何を頼むか決めているの?」
電車に乗り込んでしばらくした頃、紗枝から尋ねられた。
神様に何を頼むのか、か。
生憎だが、現状でもタイムリープをさせてもらっている身の僕に、これ以上のお願い事なんて出来る度胸はなかった。
「うーん、紗枝は?」
誤魔化すように、僕は話を振った。
「あたしは、言えないよ」
「それあり?」
「何よ、自分だって言わない癖に、文句付けるの?」
確かに。
僕は、紗枝にこれ以上の詰問は出来なかった。
神社に辿り着くと、境内の外にも伸びる長蛇の初詣客の姿を捉えた。
これからこれを並ぶのか。少し、僕は気分が滅入った。
「ようし、並ぼうか」
「紗枝、その前に甘酒でも買っていかない?」
着物ながら防寒対策を紗枝は施している。ただそれでも、この寒空の下、長時間待たせるのは気が乗らなかった。
コンビニで温かい甘酒を二つ買い、僕達は長蛇の列の最後尾に並んだ。
しばらく待って、甘酒の空瓶を列の間にあったゴミ箱に捨てて数十分経った頃、僕達の順番は回ってきた。
五円玉を賽銭箱に投げ入れて、僕達は二礼二拍手一礼で互いの願いを神に祈った。
「ふう」
「疲れた?」
「ううん。大丈夫」
紗枝が微笑んだ。
それから僕達は、神社を後にする前におみくじを引くことにした。
百円玉を箱に収めて、僕達は一枚ずつおみくじを引いた。
「やった。大吉だ」
僕は喜んだ。
「おー。あたしは小吉」
「勝った」
「勝ち負けを競い合うことじゃないでしょ」
「そうだね」
「……修也のおみくじ、なんて書いてある?」
「え? ……えぇと」
読み上げるより先に、紗枝が僕に近寄りおみくじを覗き込んだ。
至近距離にある紗枝の顔に、僕はドギマギとしていた。
「ふふっ。恋愛、控えるべしですって」
「なんだか全体的に、大吉の内容ではない気がする」
反面、後で見せてもらった紗枝のおみくじの内容は、小吉とは思えないくらい前向きなことばかり書かれていた。
「修也君、今年も一年彼女が出来ないことが決まっちゃったね」
帰りの電車の中、僕は紗枝にそうからかわれた。
ただ確かに、前回の時間軸ではこの一年、恋人と呼べる人に出会えた試しはなかった。
「寂しそうだなあ。可哀そうだなあ」
「あんまりからかわないでよ」
「からかってないよ。ただもしかしたら、身近に良い人がいるかもって思っただけ」
「……身近に?」
「うん。もしかしたら、すぐ傍にいるかも」
「心当たりはないなあ」
僕は頭を掻いて苦笑した。紗枝は何故か、少し乾いた笑みを浮かべていた。
ただ心当たりがないのも仕方ないのかもしれない。
僕は思った。
僕と言う人間は、他人とそこまで友好的な関係を前回の時間軸も含めて築けてこれてはいなかった。
親友と呼べる存在も、岡田君に出会って初めて出来たそんなレベルだ。
そんな僕の身近に、僕のことを好いてくれていそう異性がいるだなんて……到底、思いつかなかった。
ただ紗枝のその予言は、どうやら当たりらしかった。
冬休み明けの始業式の日、久しぶりに訪れた学校の自分の下駄箱で、僕は目を疑った。
上履きの上に乗せられた白い封筒。封筒の封には、赤いハートマークのシールが使われていた。
初めて見たそれを手に取って、僕は生唾を飲みこんでいた。
これは所謂、ラブレターってやつではないだろうか?
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