激励
板野君に続き岡田君にまで。
僕はため息を一つ吐いた。どうして連中はこうも、僕と紗枝がクリスマスに会うと思っているのか。
甚だ疑問だった。
「どうして僕達がクリスマスに一緒に?」
さっき入店したファストフード店にて、マックを齧りながら僕は言った。
「どうしてって……。その疑問はともかく、お前はクリスマス、小日向さんと一緒にいたくねえの?」
「え」
「あの日、俺に見せつけるようにキャンプファイヤーの前で小日向さんをダンスに誘っておいて、クリスマスは一緒にいたいと思ってねえのかよ」
クリスマス、紗枝と一緒にいたいかどうか。
頭に過るのはやはり、小さい頃のクリスマスパーティーの記憶だった。チキンやケーキを食べながら、両家族揃ってクリスマス特番を見ながら、時にゲームし、時に笑い合い、紗枝と一緒に寝て……。
幸せだった頃の記憶に、気付けば僕は魅入られていた。
「おーい、修也君。帰ってこい」
「はっ!」
「結論出てんじゃん」
「いや、僕まだ何も言ってないだろ」
「顔に書かれてたぞ」
「書かれてないし。墨ですかー? ペンですかー?」
「じゃあ、今から俺がこのボールペンで書いてやるよ」
苛立った岡田君が強硬策に打って出ようとし、僕はそれを必死に阻止した。他のお客さんの迷惑になっていることに気付いて、僕達は謝罪を一つし席に座り直った。
「まあ、昔一緒にクリスマスで家族パーティーした時のことを思い出したら、悪くないとは思ったよ」
「お前、小日向さんとクリスマスに家族パーティーしてたことあったの?」
「そんな驚くことか? 僕達、幼馴染だぞ?」
「幼馴染でも、仲が良くない幼馴染なんて珍しくねえよ」
「……そっか」
だとしたら僕は、相当恵まれた環境にいたと言うことだろう。
「てかさ、何度も言うけど答え出てるじゃん。今自分で言ったみたいに、お前、小日向さんとクリスマスに一緒にいたいんだろ?」
呆れる岡田君に、僕は墓穴を掘ったと苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「いや顔。そんなに認めたくないんかい」
「……認めたくない、と言うか」
……ただ、前回の時間軸であんなことをしておいて。今更そんな……恋人の真似事なんて、して良いのだろうか。
こっちの時間軸に来てから、僕は紗枝に謝罪をしたいと、贖罪をしたいと思っても……恋人のような振舞いをしたいと思ったことは一度もなかった。
幸せになって欲しいと思っている彼女に、僕なんか相応しくないとそう思ってきた。
「お前、だったらなんでキャンプファイヤーの前でダンスに誘ったの」
確かに。
あの直前、僕は告白が成就すると思った岡田君と紗枝のことを想い、どす黒い感情に包まれもした。
あの黒い感情の正体を僕は知っている。
あれはまさしく、嫉妬だった。
いつか僕の身を滅ぼした、悪しき感情だった。
嫉妬という感情は、誰かを求めたい、求められたいと思っていない限り、生まれない感情ではないだろうか。
「ポテト、食べなよ」
僕はトレイに載せられたポテトを、スッと岡田君の方に寄せた。塩分を摂取したくなかった。
「お、サンキュ。じゃあ、残ったシェイク飲めよ」
「え」
「甘い物飲んで、少し考えろよ」
黙って僕は、岡田君の飲みかけのシェイクを受け取った。ズズズとシェイクを啜りながら、岡田君の言う通りに物思いに耽ることにした。
「……まあ、考えろよとは言ったけど」
ポテトを齧りながら、岡田君が続けた。
「クリスマスに一緒にいたいってことだけで、少し思い悩みすぎだぞ。ただの思い出作り。それくらいに考えればいいだろ。……小日向さんは人気者だ。来年にはもしかしたら、別の男と一緒にクリスマスを送っているかもしれない。
今年一緒に過ごせなかったら、もう一生過ごせないかもしれない。
後悔しても、いいのかよ?」
後悔……。
今僕が最も弱い言葉を、的確に岡田君は使ってきた。
前回の時間軸を経て。
岡田君との交友を経て。
僕は、もう後悔しない人生を歩みたいと思うようになった。
きっとそれは簡単なことではない。
でも僕は、そうなりたいと望んだ。
岡田君の言う通りだった。
世界は前回の時間軸から変わりつつあるからどうなるかわからない部分も多いにあるが、僕の体験した前の時間軸では、紗枝は来年には板野君と付き合うことになっていた。
僕が紗枝と一緒にクリスマスを過ごすことが出来るのは、今回がラストチャンスかもしれない。
「岡田君」
「ん?」
「もし僕が紗枝に断られたら、慰めてくれるかい?」
「勿論だ」
笑顔の岡田君に、少しだけ僕は救われた気がした。
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