32 終わる夏
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8月22日 夜 探索者14日目
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夜空に炎の華が咲いた。
色鮮やかな炎は、戦闘で見慣れた赤一色とは違い新鮮味があった。
「たーまやー!」
そんな花火を、隣で緋鞠がお面に水風船、かき氷というお祭りお子様スタイルで楽し気に鑑賞していた。
今日は浴衣ではなく何時もの私服姿。曰く、あれは食べ歩きしにくいか年一くらいでいいとのこと。
「綺麗だね拓郎!」
いつもよりテンション高めの緋鞠。
満面の笑みを俺に向けてくるから、つられて俺も笑顔になる。
「ああ。凄く綺麗だ」
まだ最初の一週間を乗り切っただけ。
それでも確かな一歩だった。
「拓郎もケガ治って良かったね。ドジだなあ、私が入院したのに動揺して土手から転がり落ちるなんて」
「……うるせ」
探索者の事を伏せたせいでケガは全部その辺でしたことになった。
おかげで擦られること。もうピッカピカである。
「っていうか、退院したばっかなのに花火大会ってお前ね」
「だって拓郎がふざけたこと言うから」
「ふざけた事?」
何言ったっけ? と記憶を探る。
特にそんな緋鞠の逆鱗に触れるような事を言ったつもりはないんだけど。
「来年、連れて行く」
「うん?」
「花火だって海だって、どこにだって。そう言ったよね」
「言ったな」
「まだ今年の夏は終わって無いだろうがー!」
両手を挙げてガーっと緋鞠が吠えた。
「来年何て温い事言ってんじゃないよ。これだから未来担当は」
「はいはい。現在担当様には勝てませんよ。じゃあ明日は海か?」
「クラゲ出るからプールで妥協しましょう」
体調が戻ったにも関わらず生き急いでる。
俺にはそう見えた。
その視線に気づいたのか言い訳するように緋鞠が言う。
「……先生の伝手でもう少し時間が出来たけど、この先はまだ分からないんだから」
直接お礼言いたいんだけどなーと愚痴る緋鞠に俺は密かに冷や汗をかいたことを思い出す。
当然だった。命の恩人に礼を言わないなんて選択肢はない。
そんなことも想定していなかったので俺と皆守先生はその場でしどろもどろになりながら架空の探索者を語るしかなかった。
……どうすんだろう、世界を股にかける女性探索者なんて設定。
本気で調べられたら該当者滅茶苦茶少なそうなんだけど。
食べ終わったかき氷のカップをゴミ箱に投げ捨てて。
緋鞠は俺の手を取る。
かき氷で冷えた指先が俺の指先に絡められた。
「私は今を全力で生きたい。別にそれは、私が魔力欠乏症だからとかじゃなくてそういう性格なの」
分かっているでしょう? と彼女の視線が問いかけてくる。
「そうだな。お前は昔からそうだよ……そこはずっと変わってない」
「だから無理してるとか、自分を犠牲にしてるとかそういう事じゃないからね」
「うん」
彼女の眼から視線を逸らす。
だけど俺はもう彼女の本音を知っている。
犠牲にしているつもりは無いだろう。それでも、俺の幸福を優先してしまう。
そんなことをしなくてもいいのに。
「後、キャンパスライフってのも楽しそうだから、そっちはもう少し頑張ってみる」
その言葉に俺は思わず緋鞠の顔を再び覗き込んでしまった。
「大学、行くのか」
「……まあほら。別に私も死にたい訳じゃないし。まだ先があるなら」
夏祭りの日、あんな風に言い切った以上バツが悪いのか頬をかきながら言い訳の様に言う。
「好意を断って赤の他人を救ってください何ていえるほど私、人間出来てないし……言い方悪いけど拓郎に負担がかからないなら……大学生にもなってみたいし」
今度は緋鞠が視線を逸らしながら妙に早口でそう言ってくる。
そしてしまいには。
「拓郎は私と一緒に大学行きたくないの!?」
逆切れしてきた。
「さ、サークルとかさ合コンとか飲み会とか……今じゃできない楽しい事あるだろうし!」
「全部に酒の匂いがするのは気のせいか?」
「気のせい!」
理由は何だって良い。
緋鞠が先を見てくれた。
自分にはまだ未来があるかもしれないと。そう考えてくれた。
それがたまらなく嬉しい。
「一緒に行きたいさ、そりゃ勿論」
今が夜で良かった。
嬉しさで泣いている姿何て見られたら、また姉ぶられて何を言われるか分かったもんじゃない。
「ほら拓郎こっちいこ。河川敷の方が花火良く見えそうだし!」
そう言って緋鞠は俺の前を歩きだす。
何時かと同じ。
俺の手を引いて。
だけど直ぐにその歩みは遅くなる。
小柄な彼女では人の流れに押されて前に進めないようだった。
俺は歩幅を広げて緋鞠の前に出た。
そうして、人混みを掻き分けるように彼女の手を引きながら歩く。
「拓郎、ちょっと体格良くなった?」
「そうか?」
「うん。なんか筋肉ついたというか無駄な肉が落ちた気がする」
「自分じゃわからないけど……」
毎日見ている緋鞠が言うなら多分そうなのだろう。
ダンジョンで走り回ってるだけでも相当カロリー消費するだろうし。
「……そういうお前はちょっと顔の周りに肉が……」
「お前それ言ったら戦争だぞ!」
「ごめん、口が滑った」
「くっそお……新学期までに絶対元に戻してやる……」
ぷりぷりと怒る緋鞠の言葉に俺はもうすぐ夏休みが終わるのだと気付かされた。
これからは今みたいなペースでダンジョンに潜ることは出来なくなる。
学校が始まっても緋鞠の為の魔石を稼ぐ時間の確保が出来るのか不安はある。
そしてユニークモンスター達に狙われている問題。
――蛍火との実験は現状予想通り。9層までは出てくる気配もない。
となると問題は10層。
あの戦いで何を失い、何を得たのか。それを数える気力は、まだなかった。
だけど蛍火の目的を果たすためにも。
緋鞠を生き延びさせるためにも。
ダンジョンには潜り続けないといけない。
まだ二週間しかたっていないのにこの波乱万丈さ。
これからもっと激化するのかと思えば、一歩踏み出すのも怖くなる。一人だったなら。
でも大丈夫。
俺は一人じゃない。
「そうだろう、蛍火?」
ここにはいない相棒と、一緒に非日常へ飛び込んでいく。
「ん? なんか言った?」
「もうすぐ次の花火上がるみたいだぞ」
「んー人混みで見えない」
「肩車しようか? おい、本気で検討するな。流石に俺が恥ずかしいんだが」
もうすぐ、夏が終わる。
第二章は二月中旬ごろ開始です。書き溜め中……




