31 俺達の勝利
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8月16日 夕方 探索者8日目
病院
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「やあやあ拓郎君こんばんは」
「こんばんは、皆守先生」
ダンジョンを出て、まっすぐに向かったのは病院だ。
幸いにも緋鞠の主治医である皆守先生は丁度手が空いていたみたいで直ぐに会う事が出来た。
「急にすみません」
「いいよいいよ。私に出来る事ってあんまりないからさ……」
どこか自虐的な表情を浮かべた彼女。
年も近く、緋鞠とウマの合う明るい性格の女性だった。
だけど今はどこか影がある。自慢していたポニーテールもどこか艶がない。
実際、調べた限りでも魔力欠乏症が四肢の麻痺まで進行した後はもうやれることがないというのが定説だった。
魔石による治療を除いては。
何も出来ない事への無力感を噛み締めているような。少し前までの俺と同じ顔をしていた。
「緋鞠ちゃんの事だね?」
「はい」
「一応念のため外科医の先生にも見てもらったけど肉体的には問題なし。魔力欠乏の末期症状なのは確定しました」
厳密にいえば、魔力は人間誰でも減る。俺だってついさっきまで空っぽになりかけた。
その俺が問題ないのは、俺の魔力は消費よりも回復の方が早いからで。
魔力欠乏症の緋鞠はその回復が遅い。だから消費が上回ってしまう。
「だから、これを持ってきました」
その回復の遅さを外部から補う――そのための魔石。
100グラム――凡そ市場価格だと二万円以上。
どこかで買ってきたと思ったのだろう。
皆守先生は悲し気な顔をした。
「それで繋げるのは一週間でしかない。拓郎君はずっと――」
「自分で、取ってきました」
失礼だと思いながら言葉を途中で遮る。緋鞠との問答を繰り返すつもりはない。
「俺がダンジョンに潜って、自力で取って来た魔石です」
そういうと皆守先生は目を丸くして口元を抑えた。
「驚いた……拓郎君、探索者になったの?」
「はい。この魔石は今日一日の稼ぎです。これからも継続して集めるつもりでいます」
「凄いよ、拓郎君は。私には到底できない事だよこれは」
混じりっけ無しの称賛は若干照れる。
「せ、先生みたいに医師になれないですから苦肉の策です」
「謙遜しなくていいって。後、私のは魔力医療士だから医者じゃないんだよん」
段々と皆守先生の口調が明るく、目に輝きが戻って来た。
そういえば前もそんなこと言っていた。
ダンジョン系の技術を使える人材はどこも人手不足で医療界も例外じゃない。
新しい国家資格などを作って、少しでも人を増やそうとした一つが魔力医療士だったはず。
「私、資格取り立てだから……緋鞠ちゃんが最初の受け持ちだったんだよね。覚悟、していたつもりだったんだけど……やっぱりしんどかったみたい」
確か皆守先生22歳だから俺だったら五年後。その時に、人の死を受け入れられるか。
多分俺も難しい。
それが助けられるとなれば喜色も現すか。
「それじゃあ早速手続きをしてくるね」
「いや、それなんですけど」
早速魔石を緋鞠にと立ち上がりかけた皆守先生を俺は止める。
「緋鞠には俺が持ってきたって隠しておきたいんです」
「……なんで?」
分からんという顔をしながら皆守先生が首を傾げる。
「あんまり心配かけたくなくって……後あいつ、俺に出来るなら自分でもやるとか言い出しそうで」
「言いそう」
そうしたら緋鞠もいずれ触れることになる。
ユニークモンスターの襲撃。みっちゃんとの邂逅と契約。
それらと緋鞠を一切関わらせたくないと。そう思ってしまった。
知らないと言っていたが全くの無関係はあり得ない。
もしも二人が対面したら。その時に何が起こるのか。
「うーん、そうだね。それじゃあ私の知り合いの探索者が魔石を提供してくれたって緋鞠ちゃんには言っておこうかな」
「良いんですか?」
「嘘じゃないじゃん? 私と拓郎君は知り合い」
笑いながら、皆守先生は今度こそ立ち上がる。
「それじゃあ今度こそ手続きしてくるよ」
そう言って部屋から出ていきかけ、頭だけ部屋の中に戻して言う。
「あ、手続き終わるまでは緋鞠ちゃんにはまだ言わないでね。これ前後すると私が後でめっちゃ怒られるから」
その背中を見送って俺は。
今度こそ緋鞠を助けられたのだと全身を脱力させた。
魔石の投与は直ぐに効果が出る物じゃない、というか少しずつ投与していく必要がある。
実際に投与されるのは明日だという事だったのでその日は緋鞠と少し話をしただけで帰った。
怪我の理由をでっちあげた結果、滅茶苦茶笑われたのは失態……! これ暫く擦られるんだろうな。
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8月16日 夜 探索者8日目
自宅
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「おかえりなさい主様。何事もありませんでしたか?」
蛍火が警戒しているのはユニークモンスターが襲撃して来ないかという事。
あの死に際の言葉からしても諦めていなさそうだった。
「ただいま。流石にダンジョンの外は大丈夫だろ」
「分かりません。私という例外もいるのです。あり得ないとは断言できません」
「流石に、そんなことが過去に起きてたら大騒ぎだと思うんだよな」
ダンジョンの氾濫を除けばモンスターがダンジョンの外に出てきたというのは聞いたことがない。
こればっかりは蛍火の考えすぎだと思いたいところだけど……悪魔の証明だな。無い事を証明は出来ない。
「本当は今だって私も同行したかった……!」
「病院に犬は無理だ」
俺が滅茶苦茶怒られるわ。
「一先ず、ダンジョンの外で襲われる可能性については置いておこう。問題はダンジョンの中だ」
こちらはどう考えても危険。
「俺は、最下層以外は問題ないんじゃないかと考えてる」
「それは、何故です?」
「俺達は1~9層攻略した訳だけどその間は全く音沙汰がなかっただろ」
いくらでも襲うタイミングはあったはずだ。
それこそ蛍火と出会った直後のフロアマスターの後。
あそこで襲われていたら間違いなく勝てなかった。
五層相応に弱体化はしていただろうけど……手数が足りなすぎる。
「分かりません。主様がそのみっちゃん、とやらと契約したのが切っ掛けかもしれませんし」
「俺はその前……蛍火との契約時点で狙われ始めていたと思う。これもみっちゃんの発言だけど」
「やはりそのみっちゃんとやらの発言の信用度を洗う所からですかね」
むむむと唸っている蛍火に、俺はもう一度尋ねる。
「なあ、本当に知らないのか? 凄く関係ありそうだったのに」
「前にもお答えしましたが……少なくとも私はあの時母様の気配を感じませんでした。あの炎からも」
「まあ確かにみっちゃんも自分と契約しているとは言わなかったしな」
無関係はあり得なさそうなんだけどな。
みっちゃん、蛍火、そして緋鞠。
微妙に繋がっていそうで、繋がっていない。
「にしてもふざけた名前ですねみっちゃん。どう考えても偽名……!」
「寧ろ何か、会ったことも無いのに嫌ってる……?」
微妙な敵愾心を抱いているのは何なんだ?
蛍火も、未だに謎が多い。
「次のダンジョンの予約が取れ次第だけど、最下層以外を攻略して実験してみよう」
「分かりました主様。最下層へは何時……?」
「……もう少し情報と戦力を揃えて、だな。本当は昇級試験も受けて☆2ダンジョンに出入りできるようにしたいけど」
あれ申し込み資格が☆1ダンジョン複数の攻略実績だからなあ。今すぐはちょっと無理だ。
「そう、ですよね。安心しました。流石に今すぐに再戦というのは避けたかったです」
「俺もだよ。あんな命がけでぎりぎりの戦い、何度もしたいもんじゃない」
だけどいつまでも避けてはいられない。
先に進むためにはいつかその恐怖を超えて前に進まないと。
「まあとりあえず蛍火」
「はい」
「スイートポテト買ってきたから食べよう」
「主様最高です」
「過去一良い顔してる……」
とりあえず今は――明日の治療が上手く行くことを祈っていよう。
そうしていつもの日常を取り戻す。
それが出来て初めて、俺たちは勝ったと言えるんだから。
いつもの日常から、自分が遠ざかりつつあることを自覚しながら。




