28 ユニークモンスター:中
「回復能力まで!?」
これで能力は四つ目。
だけど多すぎる。普通モンスターが持つ能力は1つか2つ。
派生し多様化することはあるかもしれないが――こいつの能力には統一性がない。
とても何かの派生とは思えない。
「対象脅威度判定を更新――F。排除方針を変更」
淡々と、接近されても棒立ちだった先ほどまでとは嘘のように、本体が動き出す。
滑らかな……格闘技。
蛍火のお株を奪うような打撃戦。
攻守が入れ替わった。
「こいつっ! 急に動き出して!」
至近で交わされる拳。
ここまで蛍火に人型との対戦経験はない。
相手の打突を叩き落しながらも、苦しげな表情。
互いに円を描くように移動し、有利な位置を取ろうとする主導権争い。
動き続けることは負担の筈なのに、相手の人ならざる者の表情は全く変わらない。
幸い相手の防御はそこまで巧みではない……が、何の救いにもならない。
相手の防御を擦り抜けて打撃を加えても、即座に回復。
「ダメだ、このままじゃ」
片方だけが回復できるのでは、この殴り合いに意味はない。
しかし下手に離れると今度は爆発が来る。
そこで気が付いた。
俺の方に爆発が来ない。
ジャイアントビートルに乗っている俺達を、蝶は追いかけてきている。
なのに向こうから攻撃を加えられることが無くなった。
格闘戦で蛍火に集中しているからこっちに気を回せない?
そう考えたが、本体の視線を感じる。あの複眼が俺を捉えて離していない。
なら何故?
「ぐっ!」
思考は腹部への痛みと蛍火の呻き声で中断された。
ガードで上げた両腕の隙間を縫うように、貫手が蛍火の腹部を穿っている。
崩れた体勢。
その頭部を打ち砕かんと振るわれる拳。
「スパイダーウェブ!」
その身体を蜘蛛の糸で絡み取る。
例えこれを無効化されたとしても、一瞬の隙は出来る。
そして、能力の連続使用が出来ない――回復も例外ではないと信じる。
未知数だが、切り札を切るならここだ。
同調での意思疎通。
距離を取れ、という俺の指示に否定の意。
退避の時間を待っていたら、立て直される。だから、今すぐにそれを使えと。
例えどんなものであっても、躱して見せると。
一瞬にも満たないやり取り。
今度は迷わなかった。
「――バックドラフト!」
相手を焼き尽くせと、そう念じながら唱えたスペルの名前は、しかし――何も起こさなかった。
「消された……?」
違う。
そもそも、発動していない!
まさかの不発。千載一遇のチャンスを棒に振りかける。原因究明よりも早く。次の一手を。
それを立て直したのは一番蛍火が早かった。
まだ蜘蛛の糸を消しきれていない本体へハイキック。
狙うは頭部。
そう、頭を潰せれば即死させられるかもしれない。
その状態から、果たして回復できるか?
だけど、それよりも早く。二人の間に蝶が挟まり輝いて。
蟻たちにも匹敵する巨大な構造物――石の柱を作り出した。
「ふ、ふざけんな!」
五つ目!?
規格外すぎる。こんな多様な能力をどうやって攻略すれば。
蛍火の蹴りは石をも砕いた。
しかし必殺のつもりで放った一撃を無為にされたことに違いはない。
蛍火からもどう攻めるかという迷いと――同時に微かな一つの思いが流れ込んでくる。
「それは許さないぞ、蛍火!」
いつかと同じ。
今この場で限界を超えれば、俺を逃がすことくらいは出来るかという一瞬の思考。
そんな、当人すら意識していない事を気付かれた驚きと無謀さを止められた喜び。
そして……全て見通されてしまったという微かな恥ずかしさ。
だが恥じるべきは俺だ。
相手が規格外だというなら、蛍火だって規格外。
だとしたら、今の劣勢は司令塔である俺が有効に機能していないという事。
俺はまた、蛍火の足を引っ張っている。
まるで最初のフロアマスター戦を焼き直しているような――。
「……なんだ」
思考が引っかかった。
今俺は何を考えた?
そう、焼き直し。
さっきから、相手の能力にはどうにも既視感を刺激される。
そしてもう一つ。中断された思考が蘇る。
何故さっきから、外周を飛翔している俺たちは碌に攻撃もされない?
あの爆発の一つでもあれば、こんな思考の時間は得られない。
どうして、あいつは高速移動を最初は使わなかった? 何故、せっせと自ら羽ばたいて蝶は飛んでいた?
多様な能力。一見無関係だったそれらが繋がり、一つの仮説を導き出す。
「だけど……あり得るのか?」
我が考えながら、あまりに荒唐無稽すぎる。
とても正気とは思えない。
「だったら!」
私が証明します、と蛍火の意思が伝わって来た。
蝶が輝きだす。
あれは爆発か、石柱か。はたまた別の――。
避けるべき。或いは蛍火ならば発動前に潰すことが叶うか。
だけどどちらもしない。ただそこへ手を伸ばして。
蝶が炎へと変じる。
その炎に蛍火は。
「これは!」
ためらいなく、己の手を突っ込んだ。
炎に耐性があるとはいえ、爆発の直撃を食らったら蛍火も無傷では済まない。
だと言うのに俺の仮説を信じて賭けに出た。
「私の物だ!」
炎の華は咲かない。
代わりに、蛍火の中に蘇った荒れ狂う力を押さえつけるような感覚。
そして、蛍火の意思に従って待機する炎。
信じられない。
だけど蛍火のこの行動が証明した。
彼女に、他者の炎を操る能力はない。
必然、あの炎は宣言通り蛍火の物である。
その矛盾が。俺の仮説を実証した。
「こいつは、時間を戻している!」
そう。全てそれで説明が付く。
炎も石柱も、俺達がクイーンアントと戦っていた時に出てきたものだ。
それを、今の時間に持ってきているだけ。
高速移動もそう。
あれは過去の自分の位置に戻っているだけだ。
無効化、回復能力は言うまでもない。単純な巻き戻し。
能力の間にラグがあるのもシンプルな話になる。恐らく単に連続して時を戻せないだけ。
限界はあるのだろうが時を操るというのは規格外にも程がある。
しかし。
「底が見えたぞ、ユニークモンスター!」
後は、その底を俺達が打ち抜けるかどうか。
狙うべきは能力の使用直後。そこで一撃で仕留める。
相手の炎はもう怖くない。寧ろこちらに優位に働く。
本体の格闘も、種が分かればシンプル。自分ならどう動くか。
そう考えれば蛍火にとって対処は難しくない。
現に、今も殴り合いを制しつつある。
勝ちの眼が見えてきた。
そう思ったのに。
突如として足元のジャイアントビートルが失速し、墜落した。
墜落の衝撃が俺を襲う。
「何!?」
蛍火からも苦しみの気配。一度も有効打を受けていないにも関わらず。
そして俺自身も、手足の感覚が消えていく。
真っすぐに立つのも辛い。
これは神威限定解放を使った時に覚えた物に近い。
魔力が枯渇しそうになっている。
だが何故?
そこで蝶の翅から何か零れ落ちるのが見えた。
そう。蝶である。
時間を戻すという特大のインパクトに晦まされてそこを意識していなかった。
蝶の特性――鱗粉。
「に、二重底かよ、てめえ……!」
時間の回帰で長期戦をしながら、鱗粉でこちらの魔力を削る。
相手の種が分かったころにはもう手遅れという寸法。
まだ蛍火は動けている方だが、魔力が不足して明らかに鈍っている。
「あと一歩なのに……!」
その一歩が果てしなく遠い。
蛍火が打たれる度、俺の中にも痛みが蓄積されていく。
だけど。
蛍火と俺の中に疑問が生まれる。
……妙に耐えられる。
蛍火の肌感覚が告げている。あれだけの打撃を受けたら自分は沈む。
だけどまだ動けている。立てている。
何故?
これではダメージを共有しているというより、肩代わりしているかのようだ。
それに、今の墜落も少し前の落下も。
人間が大怪我するには十分すぎる。二度も、偶々軽傷で済むなんてありえるのか? とても人間の耐久力じゃない。
意識を繋ぐと言っていた。だけど俺たちにとってこれは意識を繋ぐというよりも――一つにする感覚。
思い出せ。
マリオネットを使っていた時の感覚を。
あの時、俺は完全にマリオネットになっていた。
あれは、マリオネットの意識がないからそう感じていただけで、完全に同一の存在になっていた。
そうだ。
俺が使っていたのは同調じゃない。
モンスターとの融合だ。




