26 もう手遅れな気がするけど
父は検問所のすぐ近くでニースを人質にしていたため、多くの人の出入りを妨げていた。
騎士の中に貴族がいるので、人質をとっている男がフェルスコット伯爵だということがわかったが、平民の多くは彼が誰だか知らない。どこかの頭のおかしな男が息子を人質にとっているという説明を信じ、検問所の門から少し離れた場所にある職員用の通用門から受付を行っていた。
迷惑をかけてしまったことを詫びたあと、案内してくれるという知り合いの騎士に付いて歩く。
「フェルスコット伯爵は、今のところ誰も傷つけていませんか?」
「自分の息子を捕まえているだけで精一杯みたいだ。あと、家族らしい若い女性も一人いる」
きっとシャゼットのことでしょう。先日の彼女は張り紙女だったので、本当の顔はあまり認知されていない。ちなみに、あの張り紙は辺境伯領を出たら効果を失うようにしているので、今は剥がれているはずだ。
「その若い女性は人質を助けようとしないんでしょうか」
「リリーノが来ればいいだけだと言って、横を動こうとしない」
ニースのことは嫌っていないはずなのに助けないということは、シャゼットは父に加担しているのね。
父が普通の神経の持ち主ではないということはわかっていたが、ここまで頭が悪いとは思っていなかった。そんな騒ぎを起こせば噂は広まるし、自分の身分がわかってしまう。そうなったら伯爵家は終わりだわ。
ニースは跡継ぎだから、父が手にかけることは絶対にありえないと思っていた。でも、もう家を終わらせるつもりなのかしら。放っておいてくれれば今まで通りの生活が送れていたのに、私の作った魔道具で金もうけをしたいという欲にかられたせいで全てが狂ってしまったんだろうか。
「ところでリリー。なんで熊のぬいぐるみを持ってるんだ?」
「これから行く場所は危険な場所なので、魔道具をジェイク様が貸してくれたんです」
一緒にいる騎士は信用できないわけではないが、私のことを詳しく知っている人ではないのでそう答えると、騎士は疑う様子もなく頷く。
「そうか。最近、ローズコット辺境伯家は不思議な魔道具を手に入れているもんな。それもその一つってことか」
ジュネコとヒメネコは辺境伯家の所有物扱いになっているから、今回の魔道具のこともすんなり信じてくれて良かった。
父の姿が見えてきたところで騎士たちに離れてもらい、一緒に行くと申し出てくれたジェイクと共に近づく。父はナイフをニースの首元に当ててはいるが、長時間その体勢でいたせいか、どこか疲れ切った様子で今にも腕がだらりと落ちそうだ。
ジュネコとヒメネコの横に立つと、二匹が私に念話してくる。
『申し訳ありやせん。坊ちゃんを人質にとられてしまいました。こんなことなら、坊ちゃんだけ先に入らせるようにすれば良かったです』
『申し訳ございません、リリーノ様。わたくしの不手際ですわ。リリーノ様が大事にされていた弟君と知っておりましたら、たとえこの身が砕けても、あの悪から遠ざけておりましたのに!』
謝ってきた二人に応える前に、ニースが私たちの姿を見て驚きの声を上げる。
「ジェイク様と……、えっと? だ、誰ですか? 危ないですよ! 逃げてください!」
「「……」」
『『……』』
ニースの言葉に私とジェイクは動きを止め、ジュネコとヒメネコは気まずそうに無言になった。
わ、私、エイフィック様だけでなく、ニースにまで姉と認識されていない!?
そんなに太ったの!? いや、死んだ人間がこんなところにいるなんて思われていないといったところよね?
「何だって!? よく似ているだけで、あいつはリリーノじゃないのか!?」
「お姉様はこんなに太っていませんでしたわ。顔立ちはよく似ていますが、違うと思います。タクリッボの店長はお姉様を毎日見ていたわけではありませんし、きっと、同一人物だと思い込んでしまったんじゃないかしら」
シャゼットがお父様に近づきながら、不機嫌そうな顔で答えた。
「なら、どうしてニースを助けに来たんだ?」
「普通の人なら世間体を気にして助けに来るものですわ」
シャゼットは鼻で笑ってから私を見た。
どうしてこの二人は、時が経てば人も太ることがあると思わないんだろう。
「くそっ!」
当てが外れたと思ったのか、父はニースを放し、私たちのほうに突き飛ばした。そして、持っていたナイフを放り投げて私に懇願してくる。
「お前は魔道具師なんだろう!? 頼むからそれを認めてレレール様に会ってくれ! このままではフェルスコット伯爵家が潰れてしまう!」
いや、もう手遅れな気がするけど、どういうこと?
「助けに来てくれてありがとうございます。……言われてみれば、あなたは姉様に似ています。でも、お姉様は死んでしまったんです。あなたは誰なのですか?」
私に駆け寄ってきたニースに尋ねられ、話が長くなりそうだと感じた私は、父とシュゼットに声をかけ、とりあえず場所を移動することにした。




