23 また変なものを生み出してしまった
空気のような存在になるメガネは、行きたくないパーティーに行かなければならないと悩んでいた商人の奥様にプレゼントした。
眼鏡をかけて出席すると、嫌な同業者や客にからまれることもなく、快適に過ごせたらしい。その話をおとなしい娘がいるという貴族に話すと、貸してほしいと頼まれ……というわけで、このような魔道具が存在するという話は、人付き合いの苦手な貴族がいる家庭の間でのみ存在が知られることになった。
……はずなのだが、それをエイフィック様が聞きつけたのだ。情報源は奥様のココナ様で、エイフィック様にはみんなに言わないでほしいと頼んで了承を得てから話したそうだ。
「商人から聞いたぞ。この店に不思議な魔道具を作る魔導師と連絡がとれる人間がいるんだろう!? 出てこい!」
商人の奥様には私からもらったということは内緒にしてほしいとお願いしていた。職業上、口が堅いと思っていたのに違ったのか。シルバートレイで確認したはずなのにひっかからなかったなんて。改良し直さなければならないと思った時、エイフィック様はとんでもない言葉を口にした。
「言えないと言うから、まだ幼い子供を人質にとってやっと答えたんだ。まだ子供は俺の手の内にある。正直に名乗り出なければどうなるかわかっているだろうな!?」
「辺境伯令息がやることではありません! あなたには人の心がないのですか!」
怒りの感情が抑えられず、つい叫んでしまった。エイフィック様はそんな私を見て失笑する。
「ああ。お前がリリーノによく似ているとかいう女か。そう言われてみれば似ているが、リリーノはそんなに太っていなかったな」
「ふ……ふとっ!?」
リリーノ時代はあまり食べられなかったからやせ細っていた。ここに来て、たくさん食べれるようになり、体重が平均体重に近づいてきたことはわかっていた。
一瞬、失礼なことを言われた気がしたが事実である。それに別人と思ってくれているのならちょうどいい。
大体、そんなくだらない言葉にひっかかっている場合でもない。
「子供を人質に取るだなんて犯罪ですよ!」
「うるさい! お前が魔導師と連絡をとっているのか? もしくはお前が魔導師なのか!?」
「その質問に答えますので、私の質問の答えを先にいただけませんか」
睨みつけて言うと、エイフィック様は口角を上げた。
「辺境伯令息という立場だからできることだ。人の心は持っている」
「あなたのお父様がそんなことをしたあなたを許すとは思えませんが?」
「バレなければいいんだ! さあ、魔導具師と会わせろ!」
どうして、そんなに魔道具師と連絡を取りたがるの?
……って、ああ、レレール教の信者だった。レレール様は魔導師を探している。だから、彼女に魔道具師を捧げたいってわけね。
「魔導具師は人を傷つけるようなことを平気でする人間と連絡なんて取りません」
「いいのか? 幼い子供が痛い目に遭うんだぞ」
「いいわけないでしょう!」
「そう思うなら、今すぐに魔導師を俺の目の前に連れてこい!」
レレール様は人を外道にする力でも持っているのかしら。腹が立つけど、ここは言うことを聞くしかないの?
その時、改良中だったベルの魔導具がけたたましい音を鳴らし始めた。そして、それと同時に何かが私の横をかすめた。
『このクソ外道めがぁっ!』
「ぐあっ!」
可愛らしい女の子の声と共に、私の目の前にいたエイフィック様の顔面に、満面の笑みを浮かべた猫の置物が体当りした。
『辺境伯令息とあろう者が子供を人質に取るだなんてありえないことですわよ! 恥を知りなさい! このっ、色ボケがっ!』
ジュネコと同じくらいの大きさの白い猫の置物は、テーブルや椅子を巻き込んで後ろに倒れ込んだエイフィック様のお腹をぐりぐりと攻撃しながら続ける。
『わたくし、ヒメネコと申します! 悪しきをくじき弱き者を助けるため、この場に参上つかまつりましたわ!』
ああ、また変なものを生み出してしまった。
ジュネコのように意思を持たせたいと思った結果、動ける上にまた話し方が不思議な子ができてしまった。
「こんなっ……、こんなことをして! わ……っ、わかってるのか! 人質がどうなってもいいのか!」
『人質でしたら、あなたの弟君が助け出しましたわよ』
「な、なんだって!?」
エイフィック様は自分がヒメネコと話をしているとは思っていないらしい。ヒメネコにのられた状態で首を左右に動かしながら話している。
あなたの上にのっているのが、頭に直接話しかけている相手ですよ。
『あなたには監視がつけられていたことはおわかりでしょう? 監視をしていた人間を撒いたおつもりでしょうけれど、弟君とご両親に連絡しに行っていただけですの』
「そ……、そんな!」
まずいと思ったのか、エイフィック様は私に訴えてくる。
「お前はジェイクと仲が良いんだろう? た、たのむ! 助けてくれ! 俺はただ、レレール様のためにっ!」
「私に助けを求めても無駄ですよ。何の力もありません。それに、私利私欲のために人を傷つけようとする人を助ける心なんて持っていません」
優しい人や心の広い人は彼に情けをかけるかもしれない。でも、私はそんな人ではない。
心配なのは、この人のせいで辺境伯家の対応が問題視されるくらいね。
『被害に遭った方は、辺境伯家を訴えるようなことはしないみたいですわ。ただ、辺境伯家は何事もなかったなんてことにはできないでしょう』
ヒメネコが私にそう教えてくれたタイミングで、騎士隊の人たちが中に入ってきた。
『わたくしの活躍をお見せしたくて、それまでは騎士隊が中には入れないようにしておりましたの。リリーノ様、わたくし、いかがでしたでしょうか?』
「ありがとう。助かったわ」
助かったのは確かでありがたい。ただ、またキャラが濃いだけに、ジュネコと上手くやれるのか、少しだけ心配になった。




