15 自業自得だ
レレール様がローズコット辺境伯領に来るまでの間に猫の置物は検問所の入り口に置かれることになった。
一度、辺境伯家に預けた際、猫の置物はジェイクやローズコット辺境伯夫妻たちには特に何かすることはなかった。だが、エイフィック様には殺気を出していたらしく「この置物は呪われている!」と叫んでいたそうだ。
検問所の人たちから親しみを込めて、ジュネコと呼ばれるようになった置物は、凶悪犯を見つければ、膝や急所に体当りするという魔道具らしくない動きをしていた。それでもその働きが多くの人から喜ばれ、愛嬌のある見た目ということで可愛がられている。
ジュネコの働きを知り、辺境伯家には王家や多くの貴族から「魔道具師の名前を教えてほしい」「魔道具師を紹介してほしい」と連絡がくるようになったそうだ。
というわけで上手くいけば、私は大ヒット商品を生み出せることがわかったのだが、正体を知られたくないので、しばらくは販売することはせずに大人しくすることにした。
レレール様が来ることになった日の朝、夜勤明けのジェイクがやって来て、現在の状況を教えてくれた。
「今日は検問所の見張りをしてたんだが、タクリッボの店長とリリーの親父さんが来てたよ」
「中に入れていないわよね?」
「ああ。タクリッボの店長は辺境伯領には入れないようにしているし、一緒にいる人間もアウトだ」
「お父様だけが入ってくる可能性はあるの?」
「いや、入国拒否名簿に名前を書き足しておいたから大丈夫だ」
「ジェイク、ありがとう!」
笑顔で礼を言うと、ジェイクは嬉しそうな顔になったけれど、すぐに眉尻を下げて聞いてくる。
「親父さんはリリーが生きていることに気がついたみたいだが、リリーと会ってどうするつもりなんだろうか」
「タクリッボの店長から、私が魔道具師かもしれないと聞いたんじゃないかしら。きっと、私を連れ帰ってこき使うつもりでいると思うわ」
「でも、死んだと言ったのはフェルスコット伯爵だぞ。葬式や墓まで作ったんだ。今さらリリーが死んでなかったなんて言えないだろ」
「他の人には私だと言わなければいいだけよ。今の私は平民だからね。伯爵に逆らえる立場ではないわ。無理矢理にでも連れ帰ればいいと思ってるんじゃないかしら」
父のことだから「娘によく似た人間が平民として暮らしているから、養女にして娘のように可愛がりたい」とかなんとか言うんじゃないかしら。
「とりあえず、フェルスコット伯爵はこの領内には入らせないから大丈夫だと思うが、妹はどうする?」
「シャゼットは私に殺意まではないと思うから、領内に入ってくることはできそうね。出禁にしてほしいところだけど、タクリッボの店長と別々に来たのなら止められないわよね?」
「そうだな。タクリッボの店長と親しいならまだしも、そうではなさそうだよな」
ジェイクは難しい顔で頷いた。シャゼットは父に頼まれて、私が生きているかどうかを確かめに来るかもしれない。彼女は私が嫌いなだけで、殺意までは覚えていないはずだし、私が魔道具を作れるとわかっているなら、逆に生きていてほしいと願っているはず。
「私のことはどうにかするわ。この何日間は旅行に出るし、会おうと思っても無理だから」
女将さんは今まで働きづめだったので、エミーと遠出ができなかったことを悔いていた。だから、この機会に旅行に行くことにし、家族旅行だと言って遠慮していた私の宿までとってくれたのだ。
気持ちはとても嬉しいから、お金はいらないと言われたけれど、ちゃんと返すつもりだ。そうじゃないと思い切り楽しめないんだもの。
「俺も俺のことはどうにかするよ。リリーも旅行に行ったことないんだろ? 楽しんでこいよ」
「ありがとう」
私も今まで旅行になんて出かけたことはなかった。だから、辺境伯領内になるがしっかり楽しんでくるつもりだ。
ジェイクが帰って少ししてから、私たちは予約していた馬車に乗って出発した。
それから数時間後、荷物を置くために宿屋にチェックインしようとした私たちに、受付の人が騎士団からの伝言を伝えてくれた。
伝言はレレール様とシャゼットが辺境伯領内に入ったこと。臨時休業だと書かれた張り紙を見たシャゼットが、怒ってその張り紙を使用人に剥がさせたのだが、シャゼットの顔にその紙がへばりついて剥がれなくなったということだった。
こうなると思ったから、張り紙に付与魔法をかけておいた。
指示した人間に張り付き、反省するまでは剥がれないようにしているから、しばらくはその状態でいるでしょう。
自業自得だ。
レレール様が滞在するのは5日間。その間、私たちは旅行を楽しむことにした。




