13 私が対応しなくちゃ
私に敵意を持つ人間は店に入れないというドアベルを作ったのはいいのだが、面識のない女性客までも退けてしまった。
このドアベルは触れずとも効果が発揮できるもので、対象者が入ってきたら、警告音で知らせてくれるという魔道具にしたのだが、音がうるさすぎた。対象者が一歩足を踏み入れれば『ジリリリリ!』とベルの音とはかけ離れた音が店内に鳴り響き、対象者が外に出ると止むのだ。
あまりのけたたましい音に、驚いてコップを落とす人が続出し、店の経営に支障をきたしそうなので、一度取り外した。
「これは改良が必要だわ」
「条件をもっと緩めたほうが良さそうね」
「たとえばどんな風にしたらいいと思う?」
「そうね。リリーに殺意を持つ人に変えたほうがいいかも」
「そう言われればそうね」
私のことを嫌っていても、殺意まで持つ人は少ないはず。……と思いたい。
エミーの提案に納得して私は頷くと、エミーが心配そうな顔で聞いてくる。
「女性客は常連さんではなかったけど、リリーの知り合い?」
「ううん。たぶんだけど、ジェイク狙いの人なんじゃないかしら」
『ケッタイ』に出入りする人たちと比べて、少しだけ身なりが良かった気がするから、男爵令嬢だろうか。子爵令嬢以上となると、この店には足を運ばないのではないかと思った。
貴族の女性で私に敵意を向けるとしたら、男性関係しかないかなと思った。
「リリーは敵意を向けられるのは嫌じゃないの?」
「……嫌と言うよりかは面倒、かな。人には好き嫌いや合う合わないの相性があるもの。合わない人だなと思うだけ。そんな人に嫌われても別に気にしないわ。嫌だと思うならお互いに関わらないようにすれば良いかなと思うだけ」
「リリーは気が強いから、なんだかんだ言って喧嘩を買わないか心配だよ」
話を聞いていた女将さんが豪快に笑う。そんな女将さんに尋ねる。
「あのお嬢さんたちは何をしに来たんでしょうか」
「ジェイク様に近づくな、とか言いに来たのかもしれないね」
「……そうか。それなら、今度来た時はしっかり挨拶させてもらいましょう」
妹や父に暴言を吐かれていたおかげで、暴言に対する免疫もあるし、心の切り替えも上手くできるようになってきている。
というか、くだらないことを言ってくる人の言葉なんて、心に響かないのよね。酷い時はスルーしてしまう時もある。あの令嬢たちがまともな話をしてくれればいいけど――。
「とにかく、条件を緩めたほうがいいだろうね」
「そうします。私に対して敵意を持つものじゃなくて、誰かに対して殺意を持つものにします。あと、その人が入ってきたら騎士団に捕まるまでダンスを踊るではどうでしょうか。あと、令嬢時代だった私を知っていて敵意のある人も付け加えておきます」
そうすれば、私以外の人も助けられて、未然に犯罪が防げるかもしれない。
「そうだね。もしかしたら助かる命があるかもしれない」
女将さんもエミーも大きく頷いてくれた。
人助けになるかもしれないと思うと、俄然やる気が出てきたので、早速、ドアベルを改良することにした。
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ジェイクがタクリッボに向けて旅立った4日後、エイフィック様ではなくココナ様が来店した。
ベルは反応しなかったし、彼女とは面識はないが、念の為、エミーに接客してもらうことにした。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
周りの騒がしい声にかき消されないように、エミーは大きな声で話しかけ、厨房近くのカウンター席に、ココナ様を誘導した。
「あ、あの、わたくしはローズコット辺境伯の子息であるエイフィック様の妻のココナと申します」
私は厨房に隠れているので姿を見ることができないけれど、会話の内容は聞こえてくる。
「お会いできて光栄です」
「ありがとうございます。……で、早速本題に入りたいのですが」
「……なんでしょうか」
きっと、エミーの頭の中は『とりあえず注文してよ』となっているんだろうなあ。
そんなことを考えていると、ココナ様が口を開く。
「ジェイクを誘惑するのはやめてください。彼はエイフィック様と共にレレール様を崇拝しなければならないのです」
「私はジェイク様を誘惑した覚えはありませんが」
エミーの怒りを押し殺したような声が聞こえてきた。
それはそうよね。店に入ってきたのに何の注文もせず、覚えのないことを言われるだけというのは、経営者の娘としては納得いかないでしょう。
「じゃあ、どうしてジェイクはこの店に来るようになったんですか!」
いきなり叫んだため、騒がしかった店内が一気に静かになった。
会話やお酒を楽しんでいるお客さんにも迷惑だし、エミーにも申し訳ない。ジェイクの件は私が関わっていることだ。私が対応しなくちゃ。
私は女将さんに手伝ってもらって仮装してから、ココナ様の所へ向かった。
「いらっしゃいませ! ジェイク様と仲良くさせていただいているのは私ですぅ」
「ひいいっ!」
首から上の目と口を除く場所を白い包帯でぐるぐる巻きにした私を見て、ココナさんは悲鳴を上げて店から出ていったのだった。




