12 ささっと作ることにしましょうか
「エイフィック様!? どうされたのですか!?」
奥様は心配そうな顔で彼に駆け寄った。あんな男でも心配してあげるのね。私なら意味が分からない理由で頬を叩かれたら、一瞬で愛なんてなくなりそうだけど、大人の女性はそうではないらしい。
ここは見習うべきなのか? いや、私はいいよね。
「うう。そんな……っ、そんなつもりではっ」
エイフィック様は奥様の声など聞こえないかのように、誰もいない宙に向かって、縋りつくように手を伸ばしている。
おかしいわね。魔道具を手にしていないのに、まだ幻覚を見てる? ……と思ったら、ジェイクがコップをエイフィック様の腕に押し付けていた。
ジェイクにもレレール様の幻覚が見えたから、私の魔導具だとわかってくれたのかも。そうだとしたら、かなりの好感度アップだわ。
……って、私ごときが偉そうに言うなって他の人から言われそうね。
「兄さん。とりあえず今日は帰ろう」
エイフィック様が床に崩れ落ちると、コップを彼から離し、女将さんに声をかける。
「女将さん、迷惑をかけてすまない。迷惑料込みで、必要な費用を辺境伯家に請求してほしい」
「大して迷惑はかかってませんから気にしないでくださいな」
「いや。こっちが気にするんだ」
放心状態のエイフィック様を引きずるようにして、ジェイクは店を出て行く。エイフィック様の奥様はぺこぺこと頭を下げながら、その後を追いかけていった。そんな三人を見送ったあと、私は厨房から出て、女将さんに話しかける。
「こんなことを言うのもなんですが、奥様はエイフィック様のどこが良いんでしょうか」
「人の趣味ってものがあるからねぇ。人によっては冷たくされることも好きだという人もいるよ」
「奥様がそのタイプだということですか?」
「それはわからない。ただ、あの様子だと、エイフィック様は奥様以外に好きな人がいることは確かだろうね」
エイフィック様はレレール様の本性を知っているんだろうか。知っていて好きだと言うのなら、たとえ、ふられたのだとしても、奥様が望まない限り、縛り付けておくべきではないと思った。
次の日の閉店間際にジェイクは私の元へやって来ると、私の仕事が終わるのを待ってから、昨日の出来事について話をしてくれた。
「父さんと母さんに内緒で話を進めていたらしくて、かなり激怒してた。このままだと兄さんは辺境伯の爵位を継げなくなる」
「常識的に考えればそうなるでしょうね」
私がジェイクのお父様の立場ならとっとと家から追い出していると思う。追い出せないのは世間体か、やはり親子だからだろうか。
「あなたの義姉の名前はココナ様だっけ。レレール様の所に行けと言われたことについて、ココナ様はなんて言ってるの?」
「兄さんに対して怯えを通り越して洗脳されてるところがあるから、喜んでもらえるなら行くって言ってる」
「レレール様のことを嫌だと思わないのかしら」
「そんな話は聞いてない。気になるんなら帰ったら聞いておくけど」
「うーん。気にはなるけど、他人の家庭の事情に首をつっこむなって女将さんに言われているのよね」
助けられるなら助けたいけど、本人が望んでいるかもわからない今の状況では、私が動くとただのおせっかいだ。
「リリ―、話しておきたいことがある」
「何かしら」
「俺が猫の置物を取りに言っている間、兄さんが来る可能性がある」
「……どうして?」
この酒場は騎士団にはよく来店してもらっているけれど、騎士団以外の貴族が来るような場所ではない。
「兄さんは俺が最近、この酒場に通うことになったのが気に食わないんだ」
「そんなのあなたの勝手でしょう。悪いことをしているんじゃないんだから、どこに通ったっていいじゃないの」
「俺もそう思うけど、兄さんはレレール教の信者なんだよ。父さんたちの前で言ったら殴られる可能性があるから言わないけど、俺には酒場に通うくらいなら、レレール様の良い所を知ったほうが良いとか言ってた」
「エイフィック様にとって、この店はあなたにとって良くない店なのね」
もう大人なんだから、弟が酒場に行くことにケチをつける必要はないと思う。
「俺がいない間、魔道具で何とかなりそうか?」
「もちろん。私のことは心配しないで。というか、ジェイクには迷惑ばかりかけて本当にごめんなさい」
「リリーのためならいいんだよ」
ジェイクはそう言って優しい笑みを浮かべた。きっと私とジェイクは縁があるんだろうな。だから、人がたくさんいる学園の中で、ジェイクと仲良くなったんだわ。
猫の置物は現段階では手元にないので使うことはできない。ということは、ジェイクがいない間に、エイフィック様を撃退する魔道具をささっと作ることにしましょうか。




