第25話 守りの竜が来る
地竜の里は、ネビュラゴールドによる襲撃を受けた。
そこは、地に住まう温和な竜を祀り、人々は竜の眷属と共存して生きてきた。
地熱による温泉が名物であり、平和な頃は世界中から立ち寄る旅人が耐えぬ土地であった。
だが、かの魔龍がこの世界に降り立った時から、旅人はピタリと絶えた。
僅かばかり、魔龍に支配された土地から逃げてきたという者がおり、彼らを受け入れることはあった。
難民たちから聞いた世界の話は、後になるに従って絶望的なものになっていっていた。
曰く、竜都の竜神像は破壊され、そこにネビュラゴールドが玉座を作った。竜都の人々は魔龍の奴隷となり、意志すら奪われて暮らしている。
曰く、豊穣の大平原は裏切り者の毒竜によって穢され、不毛の大地になった。毒の中から生み出される魔龍の眷属は、そこから世界中に広がっていっている。
曰く、群青の大海を統べる三竜はネビュラゴールドによって意志を奪われ、人に害する怪物に成り果てた。もはや、人に海を渡る術はない。
曰く、白銀の雪原は魔龍に穢され、白銀竜は殺された。その死骸をドラゴンゾンビとし、雪原は魔龍のものになったと。
曰く、憤怒の火山に住まう赤竜は魔龍と戦うため、自ら狂気を呼び起こした。もはや近寄るものは、人であろうと魔龍の眷属であろうと焼き尽くす。
「人はもはや、この地より外に出ることはできなくなったのか……!」
地竜の里の民は嘆いた。
そんな彼らに、地竜は優しく呼びかける。
『私が守ってやろう。お前たちさえいれば、世界は終わらない。いつまでも魔龍の支配は続かぬ。我らはじっと耐え、いつかその権勢に陰りが生まれた時、人の領域を広げていけば良いのだ』
地竜は巨大な甲羅を持つ、亀に似た竜である。
灰色の体色をしており、表皮はまるで岩のようだ。
「流石は地竜様」「我々は地竜様について参ります」「耐え忍び、我らの時代が戻ってくるのを待ちましょう!」
地竜の里は、魔龍によって侵略されていく世界をよそに、独立を保とうとした。
難民を受け入れ、魔龍の眷属が侵入せぬように見張りを行い、里の中では精一杯明るく過ごした。
まさしく、地竜の里は世界に残された最後の楽園のようだった。
だが、彼らは見落としていたのだ。
難民の中に、魔龍に魂を売り眷属化した人物が潜んでいたのである。
彼は地竜が飲む温泉の湯に、魔龍の血を流し込んだ。
果たして、血を飲み込んだ地竜はたちまち体調を崩す。
内から、凶暴な魔龍の因子が支配してこようとするのである。
これに抗う地竜。
支配しようとする魔龍。
地竜は動けなくなった。
そこに……。
ネビュラゴールドが飛来した。
魔龍は動けぬ地竜の首を噛み、己の肉体を流れる魔龍の力を流し込んだのである。
果たして、地竜は狂った。
里は地獄と化す。
もはや逃げ場などない。
「守り神の地竜様が!!」「魔龍の手下になっちまった!」「なんてことだ! もう終わりだ!」「人はこのまま滅びちまうんだ……!!」
地竜が迫る。
足音が大地を揺るがし、呼気には触れたものに大火傷を負わせる高熱蒸気。
背負った甲羅からは、岩をも砕く勢いの間欠泉が吹き出す。
人々は追い詰められた。
里の背後には、とても登れぬような剣山の如き山々が連なる。
逃げ場などない。
地竜は今、守ってきた民を自らの手で滅ぼそうとしていた……。
「誰か! 助けて……!!」「伝説の、守りの竜がいてくだされば……!」「そうだ! まだ希望が残されていた」
生き残った人々が天に祈る。
守りの竜の到来を祈る。
近づく、狂える地竜。
目は血走り、灼熱の蒸気を吹き出し、里を地獄に変え。
生き残った人々をことごとく踏み潰そうと襲い来る。
「ああ、ダメだ……!」「今まで地竜様ばかりにかまけて、伝説を忘れていた我々に……」「虫の良い助けなんか来るはずが……」
だが、祈りは届いた。
地竜の頭上が陰る。
『なんだ……?』
地竜が空を見上げた時。
その視界には、真っ青な有翼の竜が映った。
『なんだ……!? ま、まさか……!!』
狂える地竜の中にある、記憶が蘇る。
遥かな昔。
竜の巫女と呼ばれた少女が、呼び起こした青き竜。
この世界が巨大な危機に襲われた時、守りの竜が現れ、危機の原因たる外なる魔物を滅ぼした。
そして竜は姿を消した。
幼かった地竜は、それを見ていたのだ。
原初の記憶。
奥底に眠っていた記憶。
狂える地竜の口から蒸気が漏れる。
彼は天に向かって吠えていた。
『私を……殺せ……!!』
それこそが、彼に残された最後の理性だった。
己が全ての人間を殺し尽くしてしまう前に、止めてくれ!!
悲痛なる願いだ。
青き守りの竜は、小さく頷いたように見えた。
『ああ、良かった……』
安堵とともに、残った最後の理性が消えていく。
ついに彼は、魔龍によって与えられた狂気に呑まれた。
『魔龍の眷属よ!!』
狂える地竜が叫ぶ。
すると、里の外から怪物たちがなだれ込んできた。
地竜の魔力によって守られていた里は、地竜が外なる脅威を招いたことで、その守りを破られたのである。
『守りの竜を滅ぼしてくれようぞ!!』
咆哮をあげる地竜。
眷属たちは地竜の背中を駆け上がり、あるいは地上を走り回り、空に舞い上がる者もいる。
絶対的多数。
対する守りの竜はただ一体。
『ゲームスタート。まずは一面で肩を温めていこうか』
青き龍は、不敵に宣言した。
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