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十三話

 明らかに外国人な見た目をしているくせに、何で名前だけが日本人なんだよ。

 さっき自分の事を人と吸血鬼のハーフだとか言っていたが、もしや両親のどっちかが日本人だったりするのか? だとすれば日本人の血を全く受け継いでいないな。黒目は血のような鮮やかな紅色であるし、鼻筋も通っていてスッキリとしている。髪の色だって眩い銀髪であるし、何よりも肌が真っ白なのが際立って目立つ。シミやニキビが全く見当たらないその肌は、世の女性全てが羨むであろう極上の肌質だ。もう、誰の目で見ても明らかに日本人ではない。そんな要素は全くの皆無である。


 「で? お前は私の名前を聞いて何がしたかったんだ? まさか私なんかとお友達になりたい訳でもないんだろ?」


 薄ら笑いを顔に貼り付けて、何故だか自嘲げに言う吸血鬼改め景浦霧依さん。

 「私なんか」という自然に出た嘲りの言葉が、何故だか耳の奥に不必要なまでにこびりつく。……が、その部分については、景浦自身が何か思う所があって言った言葉なのだろう。俺がしつこく問いただすのはお門違いな気がする。だから、俺は景浦の言葉に予想外の返答をしてやることにした。

 

 「いや、その通りだよ。俺はお前と友達になりたいんだ」


 友達。つまりはフレンドである。

 一緒に宿題やったり、放課後にゲームセンターで遊んだり、好きな相手の名前を教え合ったり。 

 そんな、取り留めのない些細な関係。


 タマの影響で性格の方にも異常をきたしているっぽい俺の思考は、今までにない新しいパターンを生み出したようだ。少なくとも、タマと知り合う前の内向的な性格の俺だったなら、ヴァンパイアなどという不思議生命体とは絶対に関わろうとしなかっただろうし、そもそも存在そのものを信用しなかっただろう。


 それに引き換え、今の俺は中々に社交的というか、タマの図々しい性根が感染してしまっている状態にある訳なのだ。つまりは言いたい事をはっきり言える、NOとはっきり拒否できる日本人になってしまったということだ。だからこそ、初対面の女の子相手に歯の浮くような台詞を繰り出せるのである。この娘と友達になっておけば色々と便利かも知れない、という打算も少なからずあるのだが、それを差し引いても可愛い女の子と友達になるのは悪い事では無いはずだ。もちろん、それ相応のデメリットはあるが。


 「……ぁぅ」


 真っ直ぐに向けていた俺の視線から景浦は再び視線を逸らし、そして俯いた。

 さっきから視線を逸らされてばっかりだな、俺。やっぱり尻を触った事を根に持っているのだろうか。


 「おい、景浦? 何でさっきから視線逸らすんだよ。もっと会話のキャッチっボールをしようぜ」

 「べ、別に逸らしてないし。足元で行列を成している蟻に目を奪われていただけだし」

 「蟻の行列に興味津々!? お前は小学生か!!」


 あ、つい気安くツッコミを入れてしまった。

 もし俺がお笑いコンビを結成したとしたら、絶対にツッコミ役にされるだろうな。それくらいにツッコミ役が板についてしまっている。主に身近で馬鹿な事ばかりする幼馴染の責任であろうが。


 そんなくだらない諸事情はさておき。

 俺にツッコミを入れられた景浦は、表情をキョトンとしたものに変化させて俺を見つめてきた。

 なんだ? ツッコミを入れられたのがそんなに不思議だったのか? 別に珍しいことでもあるまいに。


 「なんで……分かったの?」

 「……? なにが?」

 「私が、小学生だって」

 「……、……、……?」


 今の会話の中で、俺は何回首を傾げただろうか。

 景浦は今、なんて言った? 自分のことを……小学生と称したのか?

 その、中々に膨らんだ美オッパイが小学生? あの柔らかいお尻が小学生……?


 なら俺は……小学生を相手にセクハラ行為を行ったというのか? 中学二・三年生くらいだとばかり思っていたのに……。小学生相手にセクハラしては都条例に引っかかるじゃないか!!(セクハラは全年齢対象で犯罪です)

 

 「お、お前が初めてだよ、私のことを小学生だって言ってくれたのは……」


 驚愕で言葉も出ない俺を捨て置き、景浦は何故だか赤く染まった両頬に手を当てて、顔をいやんいやんと左右に大きく振った。


 ……いや、俺はお前のことを小学生だとは欠片も思っていなかったぞ。今のは話の流れで零れてしまった癖の様なツッコミであって、俺の洞察力が並外れていたとか、そういう事じゃないんだ。そんなに真面目に捉えられてもスゲー困るぞ。それに、なんでそんなに嬉しそうなんだよ。普通この年頃の女の子は年上に見られたいものなんじゃないのか?


 「――あ、ああ! もうこんな時間か! そろそろ帰らないと!」

 「は……?」


 モジモジしていた景浦は突然、話題を転換させるように左手首に巻かれたドクロ型の趣味の悪い腕時計を見て叫ぶと、意識を背けるようにして俺に背中を向けた。


 なんだよいきなり。脈絡が無さすぎるだろ。今話をしていた最中じゃないか。もしかして俺の話がつまらなかったのか? そんな馬鹿な、俺はこれでも自分の会話力に中々に自信を持っていたのに! そんなに女の子と話したことはないけども! (美沙は虫けらみたいなものなので例外)


 「そ、それじゃあな、涼貴! 仕事が済んだら絶対に会いにいくよ!」

 「ちょっと――」

 

 待て。と俺が引き止める言葉を言うよりも先に、景浦は公園の出口から外へと向かって走り去ってしまった。吸血鬼というには、そこまで人間とかけ離れた速力ではなかった。精々美沙と同じ程度であろうか。それでも常人よりは遥かに早いのだが、それにしたって人間と吸血鬼では身体能力に歴然の差があるはずだ。男状態の俺でも、全力で走れば追いつける程度の速さだった。本当に吸血鬼なのか……?


 「行っちまった……。しかし、俺の周りには走り去る女の子が多すぎるな」


 最近の流行りなのだろうか? だが雑誌でもそんな流行を紹介していた記事はなかったはずだぞ。

 まさか俺の周りでだけで大流行しているのではないだろうな? それならば名前が必要かもしれんな。何事も名前がなくては色々と困るだろう。俺がこの不思議現象を明確に言葉にしようと思う。


 ――命名、ダッシュ系女子。

 

 聞いたことがない系統の女子だな。まあ、造語だし聞いたことがないのは当然か。

 下らないことを考えてしまったな。


 「さてと、……帰るか」


 はて。そういえば何かを忘れてしまっている様な気がしないでもないのだが、まあ、どうせつまらない事を忘れてしまっているに違いない。洗濯物を干し忘れたとか、ガスの元栓を閉め忘れたとか、家の鍵を閉め忘れたとか。……結構やばいな。少し急いで帰ることにしよう。


 俺は先程の見た目中学生中身小学生の吸血鬼と変わらないくらいの駆け足で、白蛇河公園より徒歩約十分程度の場所に位置する我が家に向かって急いだ。駆けている最中にも、何を忘れているのかを思い出せないままで。


 「あ、そういえば景浦の奴、俺のこと呼び捨てにしてたな」

 『……』


 ……小さく零した独り言であるが、誰も言葉を返してはくれなかった。 



 ◆



 「死ねえ!!!」

 「ブベラッ!?」


 ただいま、と言いながら玄関を開いた瞬間。

 顔面に膝蹴りが飛んできた。俺は敷居を跨ぐことも許されないまま、玄関正面の道路を一度も地面に接触しないままに突っ切って、突き当りのコンクリート壁に全身を深く減り込ませた。


 先程の鉄のように硬質な膝の感触、間違いなく美沙のものだった。


 ……そういえば、美沙は昼食が済んだらすぐに戻るって言ってたっけ。吸血鬼との邂逅というトンデモ体験をしたせいで記憶が吹っ飛んでしまっていたぜ。しかも太陽の沈み具合を見るに、今の時刻が午後十七時を過ぎていることは確実だろう。俺は一体どれだけの時間を眠りこけていたのだろうか。


 美沙は昼には戻ると言っていた訳だし、そうなると五時間以上の間、美沙は我が家でポツンと一人待ち惚けを食らったことになる。これは、膝蹴りが飛んできても不思議じゃない罪状だ。しかも、罰がこれだけで許されることはないだろう。ああ、なんて幸が薄いのだろうか、俺。明日の朝日を拝む事ができるか心配である。


 「今日という今日は絶対に許さないッ! 一晩使ってアンタの体に分からせてやるわよ!!」


 そう言い、美沙はコンクリート壁にポスターの如く張り付いていた俺をベリッと剥がすと、ズルズルと俺の服がアスファルトに擦り付けられる事など全く考慮することなく、俺を家へと連れ込み(俺の家だ)、そして玄関をドカンッ! と閉めた。……おい巫山戯んなよ。我が家の玄関はそんな音を発するようには出来ていないはずだぞ。もっと丁重に扱えよ。


 そんな事を考えていられるのも残り数分くらいなのだろうが、まあ今の俺は諸事情により結構頑丈である訳だし、きっと美沙の無遠慮な尋問(ほとんど拷問)にも耐えきる事ができるだろう。


 そう自分を励ましながら、俺は美沙の洒落にならない暴挙に抗うことなく、自然に身を任せるがままに脱力した。


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