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第八話


 千鶴が帰った後すぐに母さんの元へ走っていった。


 リビングの椅子に座り俯きながら溜息を付いている。


 「母さん少しいいかな?」


 「うん」


 母さんは立ち上がり正面の椅子に俺を座らせると元の席に座りゆっくり話し始めた。


 「本当は父さんが帰って来てから話をしたかったけれど、先に確認をするけど千尋ちゃんは覚えて無いのね?」


 「うん」


 「じゃ話すけど、万が一具合が悪いとか体調に異変を感じたらすぐに教えてね」


 「わかった」


 具合が悪くなるとか異変とかって?そんなに重い話しなのか?訝しげな表情を浮かべていると、母さんが神妙な面持ちで話し始める。


 「桜井さんとはね同じマンションの隣人ってのもあってあなた達が産まれる前からお付き合いがあったの。あなた達が産まれてからは更にお付き合いは増えっていったわ、千尋ちゃん千鶴ちゃんなんて一卵性双生児の双子でお人形さんみたいに可愛くて、実の娘みたいに可愛がってたのよ!だからさっきは本当にビックリしちゃった⋯⋯」


 母さんは一瞬咳払いをして俺を見つめ直した。


 「あなた達三人は同い年ってのもあって、本当の兄妹みたいに毎日一緒にいたわ、千鶴ちゃんは千尋ちゃんをお姉ちゃんみたいに慕っていたし、あなたの事は実の兄みたいに慕ってた。私達も海に行ったり山に行ったり買い物行ったりと本当に毎日楽しかったわ、あなた達が7歳を迎えた後のある事件が起こるまではね⋯⋯」

 

 話し始めた母さんの声が徐々に弱々しくなり、目に涙を浮かべ始めた。恐らくここからが俺が知りたい真実?ってやつなんだろう。


 「その日千鶴ちゃんは熱を出して寝てた。あなたは千尋ちゃんと二人で、マンション下の公園でいつものように遊んでたの、その公園に⋯⋯二人が遊んでる所にね車が突っ込んできたのよ」


 こんなに声を荒げる母さんを見るのは初めてだった。


 「千尋ちゃんは即死、あなたは一命は取り留めたものの重体」


 「そ、その時の傷が左下腹部のこれ?」


 小さな頃に怪我した痕だと聞いていたけど⋯⋯


 「そうね、本当はあなたも死んでた可能性があったのよ、今まで黙っててごめんなさい。あなたの左下腹部の傷はね、移植を受けた痕、そこにある腎臓はね千尋ちゃんのなのよ」


 気付くと、母さんの目からは大粒の涙が零れ落ち始めていた。


 「ご、ごめん母さんゆっくりでいいからさ、俺全く理解出来てない」


 「取り乱してごめんなさい。うん、ゆっくり話すわね、事故の影響であなたの左右の腎臓が酷い損傷を受けたとお医者さんから言われたの。腎臓は一つでも生きて行けるそうなんだけど両方ってなると⋯⋯それでどちらか片方でいいから緊急移植をとお医者さんに言われたのよ、そんなすぐにドナーなんて見つかるわけないじゃない、お父さんと絶望の淵に立たされていたら桜井さんがね、『娘の使えるなら使ってくれ』って、もちろん断ったわよ桜井さんだって正気でいられる状態では無いと思ったからでもね、『亡くなった千尋の腎臓だけでも咲也君の中で生かしてくれませんか?私達が大事にしていた家族の中で生かしてくれませんか』って泣きながらお願いされて、その後お医者さん立会の元四人で話し合った結果、千尋ちゃんの腎臓をあなたに移植する事になったのよそれであなたは一命を取り留めた」


 母さんの目から涙がずっと流れ続けていた、俺は軽く左下腹部辺りを擦りながら話し始める。

 

 「千鶴は知ってるの?」


 「この話は千鶴ちゃんは知らない筈よ」


 「この話は?」


 「そうね、これからの話しの方があなたにとっては重要ね、あなたは退院後ずっと泣いていたは、ろくに食事も取らずに⋯⋯それはそうよ目の前で、一番近くで千尋ちゃんの死を見ていたのだから⋯⋯何日間その状態が続いたかはハッキリとは覚えてないの、そんな事が続いていたある日の朝ねリビングから笑い声が聞こえてきたからびっくりしちゃって、走ってリビングに向かったらテレビを見て笑ってる咲也いるんだもん、抱きしめたわ力いっぱい抱きしめたわ、良かった、良かったって⋯⋯でもね、嬉しすぎてねその異変に全く気付けなかった」


 「異変?」


 「うん⋯⋯最初に気付いたのは千鶴ちゃんだった、泣きながら家に来てね咲也君がおかしいって、焦って様子を見に行ったら何も変わった様子が無かった、でも千鶴ちゃんは私の後ろに隠れたまま出てこない、『千鶴ちゃん泣いてるじゃない咲也何があったの?』って聞いたら『その子誰』って言うから千鶴ちゃんよ、千鶴ちゃん!って何度も言ったの、でもあなたは全く分からないって表情をしていた。その時私も異変に気付いたわ、急いで病院に連れて行った。咲也ごめんね、本当にごめんなさい、あなた記憶を失ってたのよ解離性健忘(記憶喪失)これが病名、医学的にはまだハッキリした事は分かって無いらしいけど強い心的ショックが原因で一部だったり数年だったりの記憶が失われてしまう病気だってお医者さんに言われたわ」


 記憶喪失と聞いて一瞬狼狽えてしまったが、取り乱している母さんを目の前にして冷静を装って気になる事を聞く事にした。


 「そっか千鶴は知ってるんだよね?俺は治るの?治ったらどうなる?」


 「知ってるわね、桜井さんとはその後話し合ったから。治るかはわからない、どうなるかもわからないの」


 「そっか、母さん俺部屋に戻って休むね」


 「さ、咲也⋯⋯」


 その後の記憶は全く無い、気が付いたら自分の部屋に居た。


 自然と涙が溢れそうになる、けどその理由すらわからない。


 気付いたらカーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいた。

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