T-24 どこまで行っても消えない業を、俺は斬る
「海斗、貴方の事を忘れない。ずっと愛してる。どこへ行っても」
そう言って彼女は塵となって消えていった。
俺が付けた、身体が真っ二つになりそうな程に大きい斬り傷を愛しそうに見ながら。
「……何で今思い出したんだろうな」
病室のベットの上で過去を見た。
あれから数十年経ち、鍛えた肉体も痩せこけ、どれだけ傷付けられようが力強く動いた体も点滴がなければ生きていけない体になってしまった。
足掻きとばかりに色々やってきたがもうダメらしい。天井が見えなくなってきた。
(今世はやれる事はやって来たつもりだ。だが)
そうして男である俺は思った。妖怪退治をする事になった原因であり、妖怪退治をしても結局捨てれなかった欲望。
「もっと、侍みたいに刀で戦いたかった…………」
子供の時から持っていた憧れを。
そして景色は真っ暗になり、もう一度目を開けたら、大自然に囲まれた場所に立っていた。
「ね、ねぇ……はやく帰ろ?」
「ダメだよ、母が」
深い霧が立ち込める山の中、二人の子供が木々の間を歩いていた。
模様が無く地味な色の小袖を着た女の子は怯え、同じ服を着た男の子も怯えながら、しかし絶対に帰らないと言う意志を宿しながら進んでいた。
「でもここ。物の怪がでるんだよね?」
「出るからだよ」
ここは京の近くにある大きな山。昔から恐ろしい物の怪が潜むという禁忌地とされている。故に子供はもちろん、妖怪退治を生業にしている者でさえ近づかない場所なのだ。
「だってここに居る奴を早く倒さないと母が……」
「…………そう、だね」
恐怖で体を震えていた女の子もその言葉で体を止めた。二人が思い浮かべるのは家で満足に動けない女性の姿。咳をしながら高熱を出し、黒の痣に侵され布団から出てこない生活をしている男の子の母親だった。
貧しい庶民である彼らでは薬を買うお金は無い。そもそもお金があっても呪い染みた黒い痣を治す薬があるかどうか。
子供である二人では治せる薬があるかは分からなかった。だから昔から伝わる伝承を信じるしかなかったのである。
──強大な五つの妖怪を祓った者はどんな願いでも一つだけ叶えられよう──
僅かな希望に縋る様に、千年以上前から伝わっているという歌を当てにして子供達はここへ来た。
「頑張るしか無いよね。お母ちゃんのためにも」
「うん。絶対治してやるんだ」
虫の声も聞こえない森の中で二人は誓う。
そうして山の奥に行こうとして、
「来たんだね、こっちに……」
女の声が聞こえた。
「っ!?」
近くにいるようで遠くにいるような、何処から聞こえるか分からないのに言葉はハッキリと聞こえてくる。
物の怪による物だと男の子は直感した。でなきゃ息が出来なくなるほどの濃い死の気配に説明がつかない。
「アカサ、逃げよっ──」
頑張る次元の話じゃ無い。己がやろうとしている事が愚行だとやっと気づいて、隣にいる女の子に声をかけたが──既に消えていた。
『い、いぃ〜、ごははんですね……』
振り向けば小面が宙に浮かんでいた。
目の模様の奥からは暗闇しか見えず、口は壊れた操り人形のように不規則に上下運動をしている。
同時に漂う僅かな血の匂い。
「え……」
初めて物の怪に会った。
それは彼の想像以上に恐ろしいものだった為に体が硬直してしまう。それを妖怪が見逃すはずもなく。
「た、助けて母ちゃ──」
『ぃ、ただぁまぁぁああす!!!』
能面が男の子の体ごと飲み込もうと巨大となり、真っ黒な口の中に飲み込もうとして……その直前。
「消えろ」
『っ、ぐばぁぁぁ!?!!!??』
音速で迫った一人の者が妖怪を殴り飛ばした。
──────────
(あの時に俺は確かに死んだはずだ……)
気が付いたら見知らぬ森に居た。
それだけじゃない。ベットの上で寝る事しか出来なかった肉体も健康体そのものだ。
どうしてそうなっているのか確認しようとして、
──助けて母ちゃん。
声を聞いた時には駆けていた。
今の自分は何処に居るのか、体がどうなっているかさえ分からない右も左も分からない状態だ。
でもどんな時だって、これだけは確かだと言える事があった。
俺が持っている力は人を妖怪から守る為にある。
なら妖怪の気配があって助けてと聞こえたならやる事は一つのみ。
(祓う)
迅速に行動をしたのは正解だった。
声の主人の元へ辿り着けば、見えたのは子供と体に隠匿の術を施していた百足の妖怪だ。
「しかし、体の調子がいいな」
さっきの拳は牽制で放った筈だが、前を見れば木を何十本倒しながら吹き飛ばされた妖怪がいる。
明らかに力調整が上手くいっていない。
「な、何で……」
その声を聞いて俺は男の子を思い出す。体の件は後でも調査出来る。今は人を救う事に意識しろと男の子の方へ顔を向けた。
尻餅を着きながらこちらを見る瞳は恐怖に染まっていた。仕方ない。漏らさなかっただけ立派と言える。
「大丈夫かい、何処か怪我は……?」
「も、物の怪が」
「妖怪なら大丈夫だ。僕が居るからね」
相手を怖がらせない様に優しい表情と優しい声を心がけ、しゃがんで頭を撫でれば怯えていた目も少しは和らぐ。
「さあここから出よう。あの妖怪は弱まってるけど襲ってくるかもしれない」
殴り飛ばした百足はピクリとも動いていないが周りから漂ってくる呪力の量がおかしい……恐らくは本命がまだ居る。
「あのっ、助けてください。まだアカサが……!」
「まだ人が居るの──って危ない!」
「ふぐっ!?」
男の子を抱きしめてその場から飛び出せば遅れて爆ぜる地面。一瞬しか見えなかったが百足の攻撃だった。
静かだった森が慌ただしくなる。木は揺れて大量に聞こえる虫の羽音が周りを囲っている。
そして地面を割きながら空へと舞い上がる本命。
『こっ、どもがてにはいった……な、のに。なんで、おまっえがいるーー!?!!』
不愉快な音も添えながら喋るそれは百足。
だがさっきの奴とは別格。高さは十数メートルもあるし呪力も軽く街を滅ぼせる量な上、赤く染まった体は殺してきた人数を自慢している様だった。
そして鬼の仮面……アイツを思い出しそうになる。
「そう言えばさっきの続きだけど、一緒にいたのはアカサって人だけ?」
「う、うん!」
「……そうか分かった。じゃあ君はずっと僕のそばにいてね」
そう言いながら優しく下ろし、同時進行で敵の情報を纏める。
(呪力量からして強さは上の中。だが強さの割にはエサに焦って本体を出す迂闊さがある。まだ若いな。それにさっきの言葉を推測するにまだアカサは死んでいない。血の匂いも僅かだし生きている気配もする)
ただ問題もあった。気配が探りずらい。石が入った砂の山に手を突っ込んで探しているもどかしさがある。ならどうすべきか。その答えは単純。
『なまえ、そう名前名前、おまえっ、なんだーー!!!!!!』
思考を邪魔する様に敵が話しかけてきた。
何処か焦っている様な……さっきとは違い余裕がない部分も見受けられる。アイツは経験が浅いのだろう。堂々と姿を見せる程に自信もあると見た。
そう思った俺は、相手にもわかりやすい様に蔑んだ笑みを浮かべ──
「今から殺される雑魚に言う必要あるか?」
『──は?』
雰囲気が変わった。百足からさっきまであった焦りと僅かな怯えが消えて、怒りだけになる。
『──死ね死ね死ね死ね!!!』
百足から発せられた呪力が森を変える。霧が立ちこみながらも自然があった山はピンク色の肉質のある空間となり、洞窟の様な薄暗い場所へと変わった。
異臭もひどいものでまるで腸の中にいる様なグロテクスさだった。
いや事実そうだ。強い妖怪にしか使えないこの技は相手を己の世界の中に引き摺り込むモノ。百足は体内に見立てた世界、つまり擬似的な腹の中に連れ込むものだ。
地の利と数も相手の方が上。こちらは敵の本拠地な上にアウェーで完全に不利だ。
普通なら大量の虫を連れ口を大きく開きながら迫って来る百足に飲み込まれて俺は死ぬだろう。
──『普通』なら。
(体内に入れてくれたお陰で助かった。人の気配が丸分かりだ)
『は、なんで』
百足から明らかに動揺の気配を感じ取った。それはそうだろう。さっきまで世界の奥に隠していた女の子が、俺の隣でスヤスヤ寝ているのだから。
──もう手加減する必要もない。
「来い、相棒」
俺が静かに呟くとそれは期待に応えて現れた。
黒く濁った光と共に現れる一本の刀。
「解放」
抜刀して上段の構えを取る。
そうすれば百足が迫る音も、大量の羽音も全て聞こえなくなった。そうこれでいい。俺はいつもの様に『斬る』だけだ。
──その男は最強と呼ばれていた。
人に害なす妖怪……山を砕き海を破り時に神にさえ手が届く災害共。
それらを二本の刀だけで切り捨ててきた最強の妖怪殺し。
そして、最強を最強たらしめた究極の技は……
「チェスト」
静かな一言と共に空を斬った。
何もないはずの空間。だがその一刀によって、百足は世界は塵へと変わった。
業を斬る。それが彼、海斗だった。
「……すごい」
戻った静寂の中、隣で見ていた男の子はそう言った。
周りは元の自然ある森へと帰っており、先程までにあった戦いの音は全て消えた。
「さて……まずは帰ろうか」
寝ている女の子を背負い、呆然とする男の子に声をかける妖怪殺し。彼は現状について色々探りたい事があるが、それよりも子供の安全だと思った上での行動だ。
人を助ける事。それは今までとずっと変わらない事だった。
だが一つ。彼の中で変わったことがある。
「うん。助けてくれてありがとう。鬼のお姉ちゃん!」
「……え」
ゆっくり進んでいた足が止まる。
鬼? 一体誰のことだ。妖怪ならさっき退治したはず。いやそもそも鬼なんて最初からいなかった。
思い出すのは最初に殴り飛ばした時の違和感。
(まさかっ……)
「あ、待ってよお姉ちゃんってふぐっ!?」
男の子も抱えて近くの川へと走る。
そうして川を覗き込めば、そこに見えたのは男の顔では無く、二つのツノが生えた女性の鬼の顔だった。
それだけじゃない。間違いなくその顔に見覚えがあった。
(……なんで俺があの鬼になってる)
ベットの上で意識が消える直前に見た、男を愛してると言った女性だった。





