第8話 三人目
──東京都、桜邑中心部。
【循守の白天秤】第十支部、訓練場。
先日の見学会では模擬試合の場として使われたそこに、その時のベストバウトを繰り広げた二人が立っていた。
すなわち、
「いくよ、ルイちゃん」
「いつでも、ヒナ」
天翼の守護者の新星、傍陽ヒナタと雨剣ルイのペアである。
「「────ッ」」
二人が同時に地を蹴った。
ヒナタは前方に、ルイは上空に。
《加速》を駆使して距離を詰めんとするヒナタだが、流石に上へと羽ばたく天使の方が早い。
あっという間に、地上を駆ける者の手には届かぬ場所へと飛びあがる。
天空の指揮者が腕を振う。
同時に、四つの木刀がこちらに狙いを定めた。
瞬時に周囲に目を走らせるヒナタ。
相棒の戦術を知り尽くした彼女は、天を見ず地形の把握を優先する。
以前は氷のフィールドだったが、今回は岩石地帯。
遮蔽物に富み、また足場としても機能しやすい場所だ。
一も二もなくヒナタは岩の後ろに飛び込み、身を隠す。
ルイの《念動力》は見えない場所にある物体を操作できない。
これで長剣での精密攻撃は不可能。
せいぜいが真横から突き入れる程度だろう。
助走が必要な分、避けるのは容易い。
しかし、隠れているだけでは状況は動かない。
ヒナタは次の一手を思索する。
(いつもならルイちゃんが手あたり次第に岩を破壊。わたしが《加速》した破片を投げつけて、ルイちゃんに応戦って流れだけど……)
加速した思考の中で普段のバーサーカーぶりを振り返るヒナタ。
空中にいるルイが圧倒的有利にも感じられるが、こうした遮蔽物多めのフィールドでの戦績は五分だ。
ルイの知覚を超える移動速度と反応速度でもって、彼女の思考の間隙を突くヒナタが無理やり五分にまで引き上げていると言っていい。
(でも……)
ヒナタの本能的な危機察知能力が、首筋に何かチリチリとした感覚を訴えていた。
(何か、今日のルイちゃんは──)
岩陰に隠れてからここまで、約一秒。
転瞬。
ヒナタの真横に、剣閃が走った。
「なっ」
桃色の瞳が捉えるのは、回転する木剣。
(まず……っ)
刺突による”点”ではなく、斬撃の”線”。
岩裏に隠れているヒナタにとっては避けづらい。
なにせ逃げ場が限定されている。
斬撃とは逆の右方に飛ぶか、あるいは岩裏から背後へと飛び退るか。
どちらを選んでも岩陰から身を現すことになるだろう。
しかし、悩んでいる時間はない。
(ここ……!)
直感的に飛んだ方向は、斜め後ろ。
右でも、背後でもないそれは結果的に正解だった。
ガガンッとほぼ同時に鈍い破砕音が鳴る。
身を潜めていた岩の右方・後方。
そこに二振りの長剣が降っていた。
明らかに回避場所を先読みした容赦のない重撃。
(え、殺される……?)
ヒナタがぞっと青ざめる──よりも早く。
岩の上から最後の一振りが飛来する。
「く……っ」
手甲に包まれた両手を交差。
長剣が触れた瞬間に下から跳ね上げる。
《加速》した捌きでもって木製の剣身は滑り、ヒナタの頭上すれすれを通り越していった。
──その動きは、かつて凶悪犯〈誘宵〉がルイの長剣を捌いた動きと酷似していた。
両手を跳ね上げた勢いに任せて、宙空を仰ぎ見るヒナタ。
片翼を失った天使の姿を探そうとして、
(いない……!?)
影も形も、忽然と消えていた。
(どこへ──)
思考へ意識を割くより早く、衝撃。
「────」
見れば、両手が上がり無防備になった脇腹を、白い軍靴が抉っていた。
「けは……っ」
小柄なヒナタは呆気なく飛ばされる。
空中で体勢を立て直して着地──しようとした瞬間。
「────っ!?」
足が──否、脚甲だけが空中に縫い止められたように静止していた。
(これ、まさか脚甲だけ操って……!?)
意味不明な現象の正体に勘づくも、解除までは不可能。
バランスを狂わされ背中から地面に叩きつけられる。
「く、ぁ……っ」
ほんの僅かに白飛びした視界が戻った時には、眼前に鋒が突きつけられていた。
剣身を遡った先。
握られた柄の向こう。
見慣れた美貌がうっすらと自慢げにこちらを見下ろしている。
「ワタシが上にばかりいると思ったら大間違いよ」
「負け、ました……」
はあっ、と吐き出すようにヒナタはため息をついた。
♢♢♢♢♢
「なんかルイちゃん、手札の幅が増えたね」
「色々あったのよ」
最近やけに元気がないヒナタ。
そんな”推し”を元気付けるための、ルイからヒナタへの提案が今回の模擬戦だった。
言葉など交わさない。
戦いの中でお互いの想いを再確認する。
だいぶ戦闘民族な思考回路だが、昔から二人はこうして励まし合ってきた。
どこぞのオタク垂涎の友情物語である。
普段ならば、これですっきりしたヒナタが食堂にルイを誘うのだが……、
「…………」
今日のヒナタは様子が違った。
ぼうっと地面を見て、魂ここにあらずな状態だ。
ルイは軽く息を吐いて、
「……何を悩んでるのか、尋ねるつもりはないけれど」
脳裏に浮かぶは、つい先日交わしたとあるやりとりだった。
♢♢♢♢♢
一週間前、Café・Manhattanにてイブキとルイが密会した時のこと。
「百年祭の時は、ごめんなさい」
目を丸くするイブキの前で、ルイは腰を折っていた。
「ちゃんと謝れてなかったから」
座ったままではあるものの、トンデモ美人が頭を下げている図は非常に目立つ。
店内から集まり始める視線に、イブキは慌てて、
「わ、分かったから、とりあえず顔を上げて……!」
なぜイブキが慌てているのか分からずに、きょとんとしながらも言われた通り顔を上げるルイ。
それに胸を撫で下ろして、
「……あれは効いたなー」
しみじみと呟くイブキ。
「ご、ごめ」
さあっと顔を青ざめさせたルイが謝ろうとするのを遮って、
「貴方はどうしたいのって言ってくれたのが、だいぶ効いた」
「……え?」
不思議そうに対面の男を見返すルイ。
イブキは彼女に笑いかける。
「だから、引っ叩いてくれてありがとう、かな」
「…………っ」
今度は顔を赤らめて、少女はさっと視線を逸らした。
そんな彼女を見て「お礼言われて照れているんだろうな〜」と微笑ましそうにしながら、イブキは言葉を重ねる。
「一番大切なのは自分がどうしたいか、なんだって気づけた。辛くなった時に、『好きだから』って理由で頑張れるからね」
「……そう」
多分それは、自分にとっても同じことだ、とルイは思った。
好きだから、誰かのために頑張れるのだ、と。
♢♢♢♢♢
ゆえにルイが掛けるべき言葉は一つ。
「ヒナは、どうしたいの?」
「…………え?」
ヒナタはふっと顔を上げる。
「わたしが、どうしたいか?」
「ええ。色々と事情があるからこそ悩んでいるのでしょうけど、結局、不可能とか可能とか関係なしに自分がどうしたいかが全てでしょ」
──ワタシたちは、そうやって天翼の守護者になったんだから。
「…………」
ヒナタはしばらくルイの顔をじっと見ていた。
それから強張っていた肩の力を少しずつ抜いていく。
「ふぅ……。そうだね、ルイちゃんの言う通りだ」
「うんうん。素直なのがヒナの美徳よね」
妙に訳知り顔で腕を組んで頷くルイに若干の呆れを抱きつつも、
「ありがとう」
「いいえ」
ルイは笑ってから、
「ところでヒナ」
急にジト目になった。
そしてヒナタを指差して言うことには、
「戦ってる途中、あの腐れ花火の真似をしたでしょう」
「う……」
腐れ花火、とは連続殺人犯〈誘宵〉のことだろう。
酷すぎる渾名だが、ヒナタにも自覚があったのですぐに思い至った。
「外道が感染るからヤメなさい」
「……は、はい」
ヒナタはしょぼんとして頷いた。
──傍陽ヒナタは直感的に記憶の中から最適な動きを再現することができる。
その動きの理屈はよく分かっていないらしいが、養成学校時代など、よく同期の動きを一目で覚えて完コピしていた。
さらにそのあと、「なんでそんな簡単に」と泣きつかれ「え? 勘?」と答えて、よく相手を絶望の淵に追いやっていた。
ここまで一連の流れが養成学校名物である。
宙を翔けるルイの動きは再現性が低いため、そのような憂き目に遭うことはなかったが、仮に自分だったらと思うと同期たちが気の毒に思えてならない。
「養成学校で他学区との交流戦をした時も、相手の心をへし折りまくって大変だったわね……」
「むっ、それはルイちゃんもでしょ」
ルイは目を逸らした。
「興味ないことは記憶しない主義なの」
「もう。……ああ、でも一人だけ飛び抜けて強い子がいたよね」
「いたかしら……? ヒナしか見てなかったから」
「もうっ!」
そろそろ嗜める側と嗜める側が普段のバランスに戻ってこようかというタイミングで、ヒナタは言った。
「ほら、京都の養成学校生で──」
♢♢♢♢♢
──朝陽で目覚め、浴衣姿の幼馴染に淹れてもらったお茶を飲んで始める一日が最高すぎる件について。
「うーん、よく寝た!」
「ふふっ、よかったわね」
キャリーケースを引きながら再びの京都駅へやってきた俺とクシナ。
京都から出雲まではまたも新幹線を乗り継いでいく。
今が7時だから、だいたい12時前には着く塩梅だろう。
「乗車券、買ってくるわ。待ってて」
「はいよ」
離れていくクシナからなるべく見やすそうな場所に立っておこうと、歩き出そうとして、
「──っと」
「きゃっ」
振り向いた先、歩いていた人影とぶつかりそうになる。
慌てて頭を下げ、
「すみません、急に方向転換して……」
目を、瞠った。
「──いえ、こちらこそ。前をよく見ていなくて」
首のあたりで切り揃えられた金髪。
黒よりも薄い墨色のメッシュが入ったその特徴的な髪を見て、一目で気づいた。
彼女の名は──御子柴ミラ。
ヒナタちゃん、ルイに続く『わたゆめ』三人目のメインキャラである。




