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第五章 ~『エネロアの悔しさ』~


 廊下を進み、目的の部屋へと辿りついた山田は、部屋の中から呻き声が聞こえることに気づく。


「なんだ、この呻き声……」


 山田は地の底から響くような声の正体を探るべく、部屋の隙間から中の様子を伺う。すると部屋の中では、布団の上に寝転がるエネロアが、枕に顔を押し当てて涙を流していた。


「こんなのってないよ……」


 エネロアはハラリと散る桃色の前髪を見るたびにため息を漏らす。彼女は自分の髪が憎かった。


「この髪のせいで私は……」


 エネロアは年頃の少女にありがちな恋に恋する乙女だった。いつか理想の男性が現れて、熱い恋愛の末に結ばれるはずだとお見合いに挑み、そのことごとくに敗れてきた。


 エネロアは異性から拒絶される理由を桃色の髪のせいだと考えていた。なぜなら彼女のお見合い相手たちは、容姿を知るまで貴族の令嬢ということもあり、結婚に乗り気だったからだ。しかし顔合わせになると、頬を無理な形に歪めて、愛想笑いを浮かべ、彼女の前から去っていくのだ。


「羨ましいっ、羨ましいよぉ~」


 生まれてこの方、恋人ができたことのないエネロアにとって、キルリスが婚約者を連れてきたのは、世界が崩壊する以上の衝撃だった。


 エネロアよりも濃い赤髪のキルリスが、婚約者を連れてきた以上、異性にモテない理由は髪色にあるとするエネロアの説は崩れ去った。髪色を言い訳に使うことができない以上、本当は内面に問題があるのではと疑心を抱き始める。


(私……性格も綺麗とはいえない……結婚できない怒りを剣闘で発散するような女だもん)


 エネロアは自分の陰鬱な性格が嫌になり、より一層に涙の勢いを増していく。枕が濡れれば濡れるほどに、それもまた彼女の自己嫌悪を強くしていった。


「しかもキルリスの大切な人が山田様だなんて……」


 エネロアが仰向けになり、天井を見上げると、そこには美しい黒髪の男の自画像が描かれている。その男こそ彼女の憧れの存在である山田その人だった。


「山田様……やっぱり格好良いなぁ~」


 エネロアが山田の存在を知ったのは偶然だ。普段は読まない新聞を気まぐれで手にした時、偶然魔王放送局をエスティア王国が買収したとの記事が掲載されていたのだ。そこに映っていた山田の顔に、エネロアは夢中になってしまった。


「一目惚れだった……私の理想の王子様だった……それなのに、よりにもよってキルリスと……ぐ、ぐやじぃ……」


 エネロアはそれからも枕に顔を押し当てて、悔しさを涙に変える。部屋の隙間から中の様子を覗いていた山田は声を掛けるのを躊躇われ、気づかれない内に彼女の部屋を後にする。


「顔は整っているし、地球ならさぞかしモテただろうに……見なかったことにしておいてやろう」


 山田は何だか悲しい気持ちになりながら、イリスたちのいる応接間へと戻るのだった。


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