虚心坦懐
「人を心配はしている様に見えるが、心は別の事に向いている」
「……」
「心の底は、暗い暗い闇の中にいるみたいだ。光の一切が届かない晦冥を漂う魂みたいに、俺にはそう感じた」
中々面白い表現をする。
晦冥を漂う魂……か。僕には何を言っているのか分からないけど、心の底ね。
(僕も心の底は一体ナニがいるのかは分からないけど、今僕がココロにしているのは実力主義の撤廃だ)
「君が言う事が本当だとして、僕が僕である事は変わらないよ」
これまでも、これからも目指す目標は変わらない。
内田さんとの約束もあるが、もっと前から……
「つまり変わる気は無いわけだ」
「そうだね」
僕は大誠君の言う事に何の躊躇いも無く答える。
今変わる事は余程の衝撃がない限りあり得ないだろう。この世界は変える必要がある。
「なら、辛いかもな」
「……?」
さっきから何を言っているのか、話す事に脈略が無い。
いきなり「暗い闇の中に心がある」や「辛い」なんて、まるで未来を見透かしているみたいに。
「コラそこッ!!いつまで待たせる、早く来い!!」
「「はい」」
先生達を待たせ過ぎたから、怒られてしまった。
急いで行かないと……
「もうダメージも無いだろう、早く行くぞ」
「ああ」
小走りで向かい集合場所へと素早く行く。
だが、気がかりな事もある。大誠君の言葉には気がかりな事が多すぎる。
謎はあるが……今は置いておこう。
「すみません、遅れました」
「ウム、遅いがまぁいい。お前のペアは見ていた。手を差し伸べていたのは好感を持てるが、この仮想空間でのダメージは無傷に等しい、気にせずすぐに来い!」
「……分かりました」
「よろしい、が、お前のレベルはこのクラスには似つかわしくなさすぎる。この授業が終わり次第、第二訓練所へ来い。次の授業の教師には私から言っておく」
この後の言葉を僕は三週間、待ち伸びた。遂にこの時が来た!
「進級審査を行う!」
VR型実戦型戦闘訓練が終わり、仮想空間から現実へと戻り体を動かす。
この後に進級審査が待っているんだ。
体を少しでも動かしておかないと、さっきまで座っていたから固まっているかもしれない。
(体が温まっているくらいが丁度いい、まだ審査まで十分以上ある。……走るか)
学園の外にドーム程の広さがある運動場が存在する。
二三周も走れば十分だろう。
制服が汚れたらこの後少し嫌だな。しかし、訓練服は教室……戻って着替えて走るとなるとかなりのペースで走って二周で精一杯か。この教室から近道を使えば直ぐだ。
ペースも考えて走れる。
(仕方が無い、制服のまま走るか)
ガラガラッ
先生やクラスメイト達が教室の外へと出て行く。
次の授業の為に移動する生徒達を見送りながら、僕は反対方向に向かう。
窓を開けて、そこから飛び降りる。
ここは三階、飛び降りる分には魔術を使うまでも無い。
周りには誰もいない。
当たり前だ、この後も普通に授業がある。準備や移動に時間を使うのが普通だ。
まぁ僕も準備をするんだが。
(よし、始めよう)
あの生徒……回りとは一線を画する強さだ。
Fクラスに置いておいてはいずれトラブルを起こすかもしれない。
槍を選んでいたが、あの力強さに素早さだ。それに、武器を選ぶ時に一瞬だが短剣や剣にも手を伸ばそうとしていた。
身のこなし方次第でどんな武器でも付け焼き刃以上のポテンシャルを秘めていそうだ。
(これは、異常だ)
現状、Aクラスにも和田誠一郎がいるが同等クラスの才能や技術、Aクラスの授業を受ければ更なる可能性を秘めている。
(直ぐにでも進級審査をするべきだ。都合が良い事に進級審査を審査するのはこの私だ、無理をしたら入れらないことはない)
考える頭を他所にVR実戦型戦闘訓練担当教師、辻基壮馬は足早に職員室へと向かい道具を取りに行く。
これから始まるのは、極めて珍しい事例の一つ。学園始まって以来のルール破りだ。




