汚い麻雀
笹倉組《四天王》はそれぞれでシノギを持っており、定期的に集まってそこからの上納金等の状況を報告しあう。
そのときは大抵、なにかしら賭け事をしながらであるらしい。
今日は麻雀であった。
彼らのシマのなかにある薄暗い雀荘で、四人は卓を囲んでいる。
「ツモ。ピンフタンヤオドラ。2600」
平和という言葉とは前世の時点で縁を切ってそうな男、安東が自力で引いた二索で上がる。西園寺、南、中川がそれぞれ点棒を投げて牌をかき混ぜはじめた。
「積み込んでいないか、安東」
右隣の南が薄緑の眼鏡の奥からじろりとにらむ。安東はへらりと笑って煙草を口にくわえた。
「現場掴まねえでなに言っちゃってんの南さん。それに仕事は仕込みとか事前準備がすべてだぜ。準備しないやつはろくな仕事ができねえ……だろ? 中川さんよ」
話しかけられた中川は老眼鏡のブリッジをかちゃりと中指で押し上げ、無言。安東はへらへらしたままつづけた。
「次いくぞ。おっとハナから、自風だ。俺に相応しいね」
安東は東を三つ並べて横に置いた。
と、左隣に位置する中川がぴくりとする。
次の手番の南が牌を手にする。カツン、とこれまた彼も南を三つならべて横に置く。
そして、
「使えないなこれは」
投げ出したのは中だった。
真正面にいた中川がまた、ぴくりとする。
次の手番の西園寺は無言で西をカンした。裏ドラは北。
「北か……」
言いつつ南が左手で自分の牌を撫でる。なお右手は背もたれの向こうに追いやり、いつも通り長ドスを握ったままだ。
「懐かしいな。そういや元気にしてんのかね、北斗のやつ」
安東は紫煙を吐き出しつつ南に言った。彼が無言で長ドスを突き出したので、先端に煙草を一本刺してやる。
切っ先の吸い口を器用に口許へ近づけた南は、安東から投げられたマッチを左片手で擦って火をともす。
「奴が渡った先の大境も派閥抗争が激しいとは聞く。が、私の相方だ。生き残ってはいるだろう」
煙を燻らしつつ眼鏡の奥で目を細める南は、かつての日々を思い返しているようだった。
南には以前、北斗というバディが居た。組んで挑めば常に必勝の二人組で、幾多のカチコミを制してきた。
蹂躙の前のルーティンとして彼らが互いの手を打ち鳴らす音は敵対派閥には不吉の音と知られたものである。
「……チーです」
話に加わらない中川がぶすっとした顔で西園寺の捨てた四萬を拾う。四五六萬。九索を捨てる。
安東は引いた中をそのまま捨てた。
「これ要ーらね」
「私もだ」
「……」
南と西園寺も手牌から中を捨てる。
中川の顔が曇っていく。
これを見もせず安東はつづける。
「いやー北斗のやつ戻ってこねえかなぁ。俺アイツの仕事のやり口気に入ってんだよね。ほれ、なんだかんだでアガリはしっかりとってくる奴だったじゃねえの」
「そうだな。毎月、下旬ごろまでは低空飛行をつづけるが。結局最後には必要額を満たさなかったことがない」
「金引っ張ってこれるルートが確立されてたってワケだよね。ま、シノギの安定感ってのぁこういうことだよな。シゴデキってやつよ。なぁ西園寺もそう思うだろ」
話を振られて西園寺は巨体をもたげ、こくりとうなずく。
その横で中川が眉間の皺を深くしていた。
「四天王の五人目としてアイツ、呼び戻そうぜ。安定収入大事だろ。いまアイツ何やってんだっけ」
「茸の栽培だ」
「この大乾燥時代にたいした研究してんな」
「販促用の歌も自作していた」
南が低い声で歌い出した。耳に残る曲だと安東は言った。
「自分でプロデュースと広報までやるたぁ、大したもんだぜ。まぁちと内容がカタギ寄りすぎるが」
「言い忘れていたが北斗の茸は食用ではなく神経毒でキマる幻覚系の研究だぞ」
「金になりそうだ、すぐ呼び戻せよ! どっかの役に立たない神経毒野郎は外して迎え入れるぞ!」
中川がその発言に、真っ黒なオーラを発し始めた。
「……ポン」
安東の捨て牌から一筒を拾う西園寺。この男寡黙だがさすがに鳴くときはしゃべる。
次の手番の中川が、黒いオーラのまま引いた牌をそのまま切る。
途端にニカっと安東が笑う。
「悪いな西園寺、その筒子はやるけどこの局はもらうぞ。ツキは東にピンは西にってな……中川さんそれロン。ホンイツ自風ドラドラドラ、12000」
西園寺は残念そうな顔をした。
中川は無言でうつむきを深くした。
「そーだ知ってるか南さんよ。前時代にゃ朝になるとよく鳴く鳥が居たそうだぜ。洗牌の音がそいつの鳴き声に似てるから、『麻雀』は名にその鳥の名を冠したんだとよ」
「スズメか。……たしか弱い鳥ゆえに環境淘汰されたと聞く」
「そうそう。競争に勝てない奴は淘汰される、当たり前だよな」
「して、どんな鳴き声だったんだ」
「『中川』」
げらげら笑う安東とつられてフっと笑う南とあさっての方を向いて肩を震わす西園寺。
とうとう我慢ならなくなったか、中川はがたんと立ち上がった。
「……私の今回のアガリがお前たちより少なく、不始末をしでかした点をからかいたい気持ちはわかりますが、いい加減キレますよ……!」
そう。
今回の一件はそういうことだった。
四天王のブレーン、参謀役である中川が今回に限ってはヘマをした。普段は仕込みや準備が大事だと説教をし、アガリやシノギのことでくどくど言う中川がミスにより月末に大きく稼ぎを減らしたのだ。
安東たちはこれ幸いとばかりにおちょくるため、先ほどから『北』をやたらと強調したり、『中』を小馬鹿にしたりする言動をとっていたのだった。
「おー怖。プライア使ってんじゃねえか、中川さんよ」
笑いつつも椅子の上で床から足を上げて能力の効果圏内から逃れていた安東と南と西園寺。
ぎしりと獰猛な笑みが、三者にも宿る。
「へへ。たまにゃ身内で、喧嘩まくか?」
安東は両手を蠢かせた。残りの三名も、なんやかんやでやる気になった。
武闘派・笹倉組の幹部の日常は、だいたいこんな感じである。
北斗杏:
かつての南の相方。声が可愛い。
そのままいけば四天王入りするかもしれなかったが、未知のキノコを求めて大境へ旅立った。




