芸詩人奏
「あら、短い期間だなんて寂しいこと言わないでよ」
少しばかり口を尖らせて拗ねた表情を浮かべるイーリア。
どうやら俺が社交辞令的な意味で短い期間だといったと思っているようだが。
残念ながら、物理的に短いので、そこで拗ねるのは間違いと言える。
……面倒であるし、訂正はしないが。
「おいしそうな匂いね。調理は……その、主人から?」
「口ごもる、必要。ありません」
「あ、はい」
奴隷にとっての主人は当人たちにとって捉え方が大きく変わる。
当然だ。いい主人、悪い主人……人間である以上様々いるのだから。
俺にとってはマキシムは悪い主人だった。
ハーサは。
……あいつは、一応俺の主人という立場ではあるが、その前に師である。
少なくとも、あの山にいる時には、奴隷という身分の矮小さを酷く感じることは少ない。
「そのような、もの、です」
「そっか。いいご主人様なのね?」
「それは、ありません」
「……え、即答なのね?」
第一に料理スキルを教えてもらったのはミリィである。
「……さあ、完成、しました」
「向こうも丁度テント設営が終わったみたい。呼んでくるわ」
「お願い、します」
イーリアが立ち上がり、皆を呼ぼうと男衆の方へ歩いていく。
……のだが、何故か途中で立ち止まった。
それを背中を向けながら気配だけで察知していると、何を思ったのか足音を忍ばせて俺の背後へとゆっくりと近づいてきた。
まったく、何をする気なのか……。
「そぉれ!」
「……」
一歩横に移動して、躱す。
「ばれた?!」
「丸わかり、です。あと、鍋、危ない」
「う、ごめんなさい……」
どうやら抱き着き攻撃をしようとしていたらしいが、鍋の近くなのでやめてほしい。
一応鉄の棒で支えてあるとはいえ、倒れたら男共の食うものがなくなる。
食い物の恨みは恐ろしいというのは、はるか昔から言われていること。
食料がなくなったことで行軍に支障が出たらどうするのか。
「私……かわいい娘を抱きしめるのが趣味なのよ」
「悪趣味、ですね」
「いやそこまで酷くはないと思うんだけど!」
可愛い娘などと定義されること自体が俺にとっては悪夢である。
そして、この女がなぜ俺にとって苦手な気配を感じていたのかも、これで大体が分かった。
……ようは、純然に女性扱いをしてくるからなのだ。しかも、全許容と来た。
奴隷という身分になってから、見知らぬ物から無償で与えられる好意ほど受け入れがたいものはない。
裏がないのか、俺を破滅されるに足る要素があるのではないか……色々と勘ぐってしまうからな。
尤も、それが暗殺者になったからなのか、奴隷になった故であるのかは、正確にははっきりしないが。
「別を、当たって、ください」
「ちょっとだけでいいから!」
「……別を、当たって、ください、ね?」
冷たい笑みを浮かべ、威圧する。
若干だじろいだようだが。
「手強い……でも、どこかで絶対抱きしめるわ……!」
「……はあ」
まだまだ機会を狙っているようだ。
なんとも無駄な労力を掛けるものだな。
その熱意は本職である詠に割くべきではないのか。
……これは、避けずに素直に我慢して抱き着かれていた方がよかったか?
寧ろ面倒を招いた気もするが……まあ、いいか。
「いいから、呼んで、きて、ください」
「はーい」
一瞬で気を取り直したイーリアはようやく、テント設営を完了し、近くの岩場で雑談を交わしている男たちの元へと行ったのだった。
やれ、俺は別の事に気を向けなければいけないというのに。イーリアの趣味まで避けなければいけないとは。
……これ以上面倒事が増えなければいいが、な。
無理な相談かもしれないが、とりあえずはそう願っておこう。
木碗に鍋の中身を移しつつ、そんなことを考えていた。
***
「おお?うめえなぁ、こりゃあ」
「うちでやった今までの隊商の飯の中で一番美味しいな……調味料はいつもと同じ、いや寧ろ少ないのに」
「…………」
俺の作った飯はおおむね好評のようだ。
まだほとんど教わっていないとはいえ、数回程度しかなかった料理スキルの学習時間でも適当に値する程度の物は作れるようになっている。
日本で日常的に料理をしていたためだろう。
ミリィには遠く及ばないが。
あの暗殺者は、各国の地方帯も含む郷土料理から、宮廷でのみ出されるフルコースのようなものに至るまで、そのレシピ手順作法のすべてを身に着けている。
その地域、料理でしか使われない……例えとすればミンチナイフやシェルナイフといったものまで完全に扱って見せるのだから、恐ろしいものだ。
俺はまだまだそのレベルには到達できていない。
「……さ、て」
集団から離れた場所に座り、周囲をそれとなく見渡す。
現在の風景をしっかりと記憶しておくためだ。
どこかに変化があればすぐさま気づくことができるように、予め基準点を決めておくのである。
……まあ、一流ならば一切変化を与えないままに攻め込んでくるため、完全に信頼することはできないが。
それでも人数が嵩めば、一流の集団でもどこかしらに綻びは出てくるのが常というものまた、事実だが。
「お?碗が空じゃねえか。嬢ちゃんが作ったんだ、もっと食えよ」
「いえ。私、小食。これで十分、です」
「ただでさえ細いんだからよぉ、もっと太くだな。……ま、無理に食わすのもよくねえか」
このセカイに来てからあまり満腹になる、ということも少なくなってきた。
そこまで食ってしまうと動きに支障があるからな。
元より空腹には強い身である。必要な栄養素が取れていればそれでいい。
ということで、サクル老人の勧めはそっと碗を引くことで拒否した。
「さて、ちょっくら見張り番でもしてくるかねぇ」
「私、行きま、しょう、か?」
「いぃや、嬢ちゃんの出番はもうちょいあとかね。まあ、まだ此処で寛いでくれや」
「わかり、ました」
「ハバル!行くぞ!」
「あいよ、親爺!」
確かに、まだ俺はここにいた方がいいだろう。
見た目は女とはいえ、仮にも武装したものがあまりうろつくものではない。
サクル老人とハバルが、見張りをしている人と交代する。
……既に飯の時間ではあるが、テント設営中から見張り番をしているものはまだ食っていない。
常時二人以上で見張りをするのは必須であるため、誰かしらが交代しないとならない。
野宿で見張りを立てないのは、どうぞ襲ってくれと言っているようなものだからな。
「――おお!いいじゃねえか!」
「芸人の兄ちゃん、上手いもんだなぁ!」
「……?」
焚火近く。
人が最も集まるその場所の中で、芸人の男……アレドロだったか。
彼が、芸を披露していた。
ケトルドラムと口笛、ときに鼻歌。
それらで音楽を奏で、足でリズムを刻み、皆を盛り立てる。
……確かに、上手いものだ。陽気な表情と奏でる音楽によって気分を高揚させていく。
「お次は私の妻、イーリアの詠も入りますよ~!」
「どうも、女吟遊詩人のイーリアと申します、お見知りおきを!」
一礼してアレドロの隣に並ぶは、イーリア。
弦楽器リュートを、アレドロとともに演奏し始めた。
今までケトルドラムと口笛だけだった場所に明確に音を生み出す楽器が入ったことにより、”芸”から”演奏”へと変わっていく。
また、アレドロの口笛や鼻歌がリュートとケトルドラムだけでは足りない音をうまく生み出し、”一曲”を作り出していく。
流れ、生み出されたのは気分を盛り立て、冒険への意欲を生み出させる、民族的な曲調の音楽。
それに、イーリアの詠が入り、二人の演奏は完成系となった。
「……。…………。……」
歌詞は太陽の沈む場所を目指しひたすらに進む、旅人の話。
時に罪人と呼ばれ、時に国の女王とすら恋を為し、時に莫大な財産を関係を築いて一夜で終わらせる、ただ陽気にこの上なく楽しく旅をする男の物語。
―――気がついたら、肩を揺らし、リズムを刻んでいた。
「……!」
詠っているイーリアが俺を見て、笑みを浮かべた。
……無駄に嬉しそうなのが若干腹立たしいが。
まあ。確かに、こういうものが隊商の旅にいてもいいのだろう、と思わせるほどの物であったのは、事実だ。
……二人で一礼し、演奏は終了を迎える。
周囲と同じく、俺も拍手を贈ったのだった。




