外の世界
前日の内に騎士達に制圧された里は静まり返り、見張りに立つ数人の騎士が少女に厳しい眼差しを向ける。
「……里人達は、どうなりましたか?」
徹底抗戦の構えだった里の男達はことごとくが騎士達に討ち取られた。喪服を着ていた里の女の多くは自害した。彼女らは元々、旧王家が滅ぼされた時に新王家側に夫や家族を殺された女達だ。これ以上の生き恥は晒したく無かったのだろう。残ったのは成人前の子供らが殆どだったが、いずれ処分される運命だ。
少年はどう話そうか迷ったが、結局ありのままを少女に話した。傷つくかと思った少女は淡々と里人の死を受け入れた。
「そうですか。彼らはわたくしが止めたところで止まりはしなかったでしょう。彼らは思うがままに愚かさを貫いた。女達も己で自分の身の始末をつけたのなら、わたくしには何も言う事はありません」
「皆お前を奉じた者達だろうに、冷淡なことだ」
余りにも淡々とした少女の言葉に思わず少年が苛立てば、少女は柳のように受け流して微かに口の端に笑みをのせる。
「わたくしが彼らの望んだ正当なる王女であり、女王であるならば、民の幸福の為に多少の犠牲を肯定するのは当然でありましょう。それがたとえ己と近しい者であっても、そこに私情は挟む事はありませぬ」
「お前を知らぬ民の幸福の為に、お前の民は犠牲になったと言うのか」
「わたくしは争乱の種。民の為にわたくしは消えるべきでしょう。そしてそのわたくしを奉じようとする者達も。ただ、個人的な心情としては幼き者達は不憫に思います。彼らは自ら望んでこの里に在ったわけではないのですから」
ただ静かに少年の苛立ちも己の運命も受け入れる少女に、少年は叫び出したい衝動に駆られた。少年には父が王に即位してから生まれた妹がいた。生まれながらの王女である。王女として相応しい教育を受け、王女として相応しい品に囲まれて育った妹は、少年からみても可愛らしく、少しばかり我が儘で愛しい存在だった。
だが、この少女の侵し難い気高さはどうだろうか。生まれ以外は王女に相応しいものを何一つ与えられて来なかったというのに。髪を結い上げ止める装飾品すら持たぬ喪服の貧相な王女は、妹と二つしか違わぬのに比べようもないくらい王女であった。王子である自分はどうか。王族として、少女ほどの覚悟を持っているのか。民の為に、己の命をさあ取れと差し出せるだろうか。いっそ不気味なほどに、少女は“王女”であり過ぎた。まるで“王女”という操り人形のように、素の人格が感じられなかった。その事が、酷く少年の心を波立たせた。
少年の内心の苛立ちを知らず、少女は噛み締めるようにゆっくりと大地を足で踏みしめる。そしてその固い静謐な表情を緩めた。
「外は、匂いも空気も、空の色さえ違うのですね」
死臭の漂う寂れた里の真ん中で、余りにも少女が感動した様子で呟いたので、少年は居ても立ってもいられずに少女を抱き上げた。
驚く少女を馬に乗せ、騎士達が慌てるのも構わずに少年は馬を走らせた。腕に閉じ込めるように抱えた少女は、暴れる事も無く少年にしがみついて初めての馬の揺れに必死に耐えた。
どれほどの時間を走っただろうか。少年は切り立った崖の上で馬を止めた。眼下には、隠れ里から一番近い町が広がっている。そしてその向こう、緑の草原の彼方にはぼんやりと王都の姿が見えた。
「見ろ、レギスの町だ。向こうに微かに見えるのが王都だ」
「なんて……なんて広い」
少女はこれでもかと瞳を見開いて、声を震わせた。鬱蒼とした森に埋没する隠れ里の狭い空しか知らなかった少女には、それ以上の言葉が出なかった。
「町に降りてみるか?」
少年の言葉に、少女は答えない。だが、少年は町に降りるべく馬首を巡らせた。
いつの間にか追いついていた騎士達は渋い顔をしたが、止めはしなかった。




