33. 風向きの変化
大夜会の後から、学園内でミリカに声をかける生徒が増えた。
ミリカが第二王子やその側近たちと仲良くしているためそれに肖ろうとする者たちや、純粋にレベル9の魔獣に挑んだ勇気を褒め称える者たちなど、様々な思惑で生徒たちがミリカに媚び出したのだ。
「レベル9の魔獣を倒したって言っても、アイツは隠れてただけだよな」
オズワルドの毒吐きに、ユリアンナは苦笑いを浮かべる。
「確かに……少しも戦闘に参加しなかったのに、褒められてあんなに嬉しそうにできるものでしょうか?」
2人と一緒に戦闘の様子を見ていたヘンリクスもオズワルドに同意する。
先の大夜会でもそうだったが、ミリカは魔獣の討伐を讃えられると嬉しそうにそれに応える。
生徒たちに問われて、どうやって魔獣を倒したのか身振り手振りを交えながら説明する姿もよく見かける。
あたかも自分が魔獣を倒したかのように。
「そもそもユリの魔法がなければ、アレックスたちだって倒せるか分からなかったよ」
「そうですよね!ユリアンナ様の旋風は素晴らしかったです!」
「そんな大袈裟な………」
その時〝認識阻害〟をかけている3人の近くで、別の生徒たちが会話を始める。
「……でもミリカ様、すごいわよね!」
「アレックス様たちを助けるために、大きな風を起こしたのでしょう?」
「〝風〟魔法はわたくしも使いますけれど、大きな魔獣を押し倒すほどの風は操れませんわ」
生徒たちの会話を聞いて、3人は目を見合わせる。
どうやらユリアンナが起こした旋風は、ミリカが起こしたものだと話がすり替わっているようだ。
「そもそも魔獣を前にして闘える勇気が素晴らしいですわ!」
「ミリカ様は成績も良いですものね。やはり、ユリアンナ様なんかよりずっと王子妃に相応しいのでは?」
この言葉に、ヘンリクスがピクリと肩を動かす。
「あの出来損ないのユリアンナ様は、今頃ミリカ様に嫉妬なさって足を引っ張るのに必死ですわよ」
「まあ。そんなことだから、アレックス殿下に愛想を尽かされるのですわ」
今学園内では、実しやかに囁かれている噂がある。
それは「ユリアンナがミリカとアレックスの恋路を邪魔している」というものだ。
ベッタベタのテンプレ展開だが、貴族の子女というのはその手の噂が大好物なのである。
「ユリアンナ様は確かに家柄は素晴らしいですが、それ以外でミリカ様に勝っていらっしゃるところは何もありませんものね」
「あら、さすがに公爵令嬢ですから見目は整っていらっしゃるわよ?」
「確かにお美しいですけど、何というか……はっきり言って性格の悪さが顔に出ているのよね」
「ああ!分かりますわ~。目なんかこ~んなに吊り上がっていますものね」
そう言って一人の令嬢が指で目を釣り上げる仕草をして、他の令嬢がそれを見てクスクス笑う。
「……聞くに堪えないな。性格が悪いのはどっちなんだか」
オズワルドがポツリと呟いた言葉は、先ほどの会話をしている生徒たちには届かない。
生徒たちはまだユリアンナの悪口で盛り上がっている。
「大丈夫ですか?ユリアンナ様」
ヘンリクスが心配そうに声をかけると、ユリアンナは何も言わずに俯く。
「ねぇ………」
俯いていたユリアンナが、ゆっくりと顔を上げる。
「私の目って……こ~んなに吊り上がってる?」
顔を上げたユリアンナは、指で目尻を押し上げて目を吊り上がらせていた。
「ぷはっ」
その顔を見て、オズワルドが思わず噴き出す。
「そんなことありません!ユリアンナ様の目は吊り上がっていないし、性格も悪くありません!」
ヘンリクスは顔を真っ赤にして必死に訴える。
「それに、出来損ないでもないですから!!」
あまりの剣幕に、ユリアンナは呆気に取られたようにヘンリクスを見つめる。
「私の代わりに怒ってくれてるのね。ありがとう、ヘンリー。でもね、私は何を言われても別に何とも思わないの」
「そんなわけ………」
「ヘンリクス。ユリは意図して自分の評判を下げてるんだよ」
オズワルドの言葉に、ヘンリクスは戸惑いの視線を向ける。
「今はまだヘンリーに全てを話すことはできないけど、いつか話すね。とにかく、私は大丈夫。これも計算のうちだし、そうでなくてもあんな人たちに何を言われても傷つかないのよ。だって、あの人たちは私の人生に少しも影響を与えないから」
(みんなミリカ嬢のことを女神様のように勇敢で優しいなんて褒めそやすけど………あんな嘘吐き令嬢より、ユリアンナ様の方がよっぽど女神様のようだ)
優しく微笑むユリアンナを見て頬を染めるヘンリクスの額を、オズワルドが指で弾く。
「お前、またやらしいこと考えてるだろ?」
「か、考えてませんよっ!」
戯れ合う2人を見て、ユリアンナが「仲が良いわねー」と笑う。
〝認識阻害〟の上に〝防音〟魔法を施している3人の存在に気付ける者は、この学園には誰もいない。
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