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20. 大夜会の後始末

「この………!取るに足らない小娘に喧嘩を売った挙句、王子に目をつけられるなどと……!」


 シルベスカ公爵は怒髪天を衝く形相でワナワナと腕を震わせている。

 今にもユリアンナに殴りかかりそうな衝動を必死で抑えているように見える。

 何故暴力を避けるかというとそれはユリアンナへの愛情などではなく、王家に嫁ぐ身に傷をつけたくないがための配慮である。


 以前のユリアンナならば、公爵に怒られた時は慌てて言い訳を並べ立て、「お父様、信じてください!!」と追い縋った。

 しかし今のユリアンナは家族に愛されたいと思っていないので、そんなことをする必要がない。

 怒りを露わにする公爵を冷めた目で見据え、小さく溜息をつく。


「……あの身の程知らずの男爵令嬢に立場を分からせただけですわ。お父様もいつも仰っているではありませんか?『立場を弁えろ』と」


 事実、シルベスカ公爵は事あるごとに娘であるユリアンナに「この役立たずが!己の立場を弁えろ!」と怒鳴りつけていた。

 公爵はいつもは取るに足らない言い訳しか言わないユリアンナに反論され一瞬虚を衝かれたが、すぐにいつもの険しい表情に戻る。


「王子に目を付けられるやり方をするなと言っているんだ、この愚図が!!愚かで無能なお前に唯一できる事が王子に嫁ぐ事なんだ!いいか?すぐに王宮に先触れを出して王子に詫びに行くんだ!それが終わったら騒動が収まるまでしばらく社交は控えて屋敷から出るなっ!」


(わざわざ王子に目を付けられるやり方を選んでいるんだけどね)


 ユリアンナの思惑などまるで知らないシルベスカ公爵の真っ赤な顔を心の中で嘲笑いながら、ユリアンナは無言でカーテシーをして公爵の執務室を出た。

 部屋に戻る途中で兄のアーベルとすれ違ったが、ユリアンナは目を合わせることもせず通り過ぎた。


 ユリアンナから何か話しかけられたら嫌味のひとつでも言ってやろうと思っていたアーベルは、ユリアンナの行動に小さな違和感を覚えた。

 いつもの彼女ならば、こういう時にアーベルを見つければ「お兄様!わたくしは悪くないの!お兄様なら分かってくださるわよね!」と縋りついてきた。


 アーベルにとってユリアンナは正真正銘血の繋がった妹だが、出来が悪く性根も腐っている妹のことが好きではない。

 なのにユリアンナが兄が自分を愛している、自分の味方をしてくれると信じているかのように接してくることをいつも不快に感じていた。


 しかし、今日のユリアンナはいつもとは違う。

 まるでそこに誰もいないかのように自分を無視して通り過ぎていく妹の後ろ姿を、アーベルは無言で見つめていた。





 ユリアンナが王宮に入って早3時間。

 通された客室で静かに待っていると、扉を叩く音がする。


「失礼します。お待たせいたしました。アレックス殿下の時間が空きましたので、執務室までご案内いたします」


 恭しいが感情の読めない侍従の後について執務室に着くと、そこには書類に囲まれたアレックスがいた。

 いつも人の良さげな笑みを浮かべているアレックスだが、今日はどことなく表情が硬い。


「先日の大夜会で騒がしくしたことをお詫びに参りました」


 ユリアンナがそう言うと、アレックスは僅かに眉を寄せる。


「……謝る相手は僕じゃないのでは?」


「どなたに謝れば宜しいので?」


 ユリアンナがそう言うと、アレックスはさらに不快そうに顔を顰める。


「君が迷惑をかけた人がいるだろう?」


 アレックスの言葉に、ユリアンナは片眉を上げる。


「まさか………殿下がドレスを贈ったとかいう男爵令嬢のことではございませんよね?わたくしが殿下の婚約者となり10年ほど経ちましたが、一度もドレスなど贈っていただいたことはありません。それなのに()()()()()()にはドレスをプレゼントなさるなんて。……随分とそのご令嬢のことを気にかけていらっしゃいますのね?」


 ユリアンナが反論すると、アレックスは一瞬目を見開き、バツが悪そうに視線を落とした。


「わたくしは夜会を騒がせた件で参っただけですので、これで失礼いたしますわね」


 アレックスの返事を待たずに優雅にカーテシーをすると、ユリアンナは戸惑う侍従に視線で扉を開けさせ、執務室を出た。


(婚約者がありながら他の女性に目移りしているのは事実だし、これくらいの意趣返しは良いわよね?)


 愛して欲しかった婚約者を目の前で他の女性に奪われてしまったゲームの自分(ユリアンナ)を想い、ユリアンナはふぅ、と息を吐いた。





「夜会ではド派手にやったなぁ」


 オズワルドはニヤニヤと愉しそうにユリアンナを揶揄う。


「当然よ。ギャラリーが多ければ多いほど噂が早く広まってくれるもの」


 揶揄いに腹を立てるでもなく、ユリアンナが淡々と答える。

 シルベスカ公爵から謹慎を言い渡されたユリアンナは自室に篭って………いると見せかけた〝幻影〟魔法を駆使して、オズワルドが住む古屋敷に来ている。


「……でも、本当に良いのか?ユリが一人で悪役にならなくても、本当の君を晒け出せば味方になってくれる人もいると思うけど」


「………いいの。今さら私を虐げた人たちから愛して欲しいとも、私が傷つけた人たちに許して欲しいとも思わないから。誰も私のことを知らない土地に行って、気ままに暮らしたいのよ」


 家族に疎まれ育った憐れなユリアンナだが、根底に〝寂しさ〟があったとはいえ、過去に様々な問題を起こして人に迷惑をかけたこともまた事実。

 全てを俯瞰で見られるようになった今、ユリアンナ自身に何の罪もないなどとは思わない。

 この地位も名誉もある暮らしを手放すことが公爵令嬢ユリアンナ・シルベスカとしての贖罪なのだ。


「……難儀な性格だね、ユリも。もっと自分本位に生きたらいいのに」


 オズワルドはそう言って笑った。




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