#029 上級生の訪問者現る。なんだか大変な事態です?
それは突然の事でした。
私たちがいつもの通り錬金工房で色々と練習していると、上級生の人たちがやってきたのです。
しかも、真っ直ぐ私たちがいるところまでやってきました。
「すみません。ハンナさん、でよろしかったでしょうか?」
「はい?」
「もしよければ話をさせていただけないだろうか?」
「お時間を少しでいいので頂戴したいのです」
もしかしなくても上級生の人たちは私に用があるみたいです。
ですが、突然の事で、相手の人が三人もいたため私はすぐに言葉が継げませんでした。
「ちょっと待ちなさいあなたたち、いったいなんのようだか知らないけど、上級生の男子からそんなに詰め寄られる女子の気持ちにもなりなさいよ」
そこで上級生さんたちの前に出てくれたのはミーア先輩でした。
少し怒った口調で上級生さんたちを宥めます。
「! み、ミリアス会計!? これは失礼しました!」
「我々としたことが、事を急いでいたようです!」
「誠、謝罪いたします!」
上級生の人たちも焦っていただけみたいですぐ引いてくれました。
というか上級生なのにとっても腰が低いです。
どうしたのでしょう?
「そんなに慌ててどうしたのですか?」
一応、私に用があったようなので聞いてみます。
錬金がちょうど終わったタイミングだったので手が空いたんです。
「おお、話を聞いていただけて助かります」
「実は折り入って頼みがありまして」
「〈ハイポーション〉が余っていたら売っていただきたいのです。あるだけ全部」
「あるだけ全部、ですか?」
息の合った先輩方の頼みに目をパチクリします。
するとその話を聞いたミーア先輩がさらに怒ったような顔をして上級生に文句を言いました。
「〈ハイポーション〉って、あなたたち、あれだけ買っていったのにまだ足りないって言うの? こっちは市場がすでに混乱しているって話も受けているのよ」
「はい。全然足りないのです」
「我々としても心苦しくはあるのですが」
「誠、申し訳ない。しかし、失敗する訳にはいかないのです」
どうやらミーア先輩はこの方々を知っているようでした。そして揉めているようです。
しかし先輩方は、ミーア先輩の話に悪いとは思っているという態度はしていても、引けないといった感じを受けました。
どうやら切羽詰まっているそうです。
ですが、ミーア先輩の態度もただ事ではないように感じました。
〈ハイポーション〉はギルドでも使うので在庫はかなり多く持っていますが、これはギルドの物なので売るのであればサブマスターのシエラさんを通さなければなりません。
ちなみに、シレイアさんやアルストリアさんになぜ聞かないのかと言うと、〈ハイポーション〉が中級下位級の品だから、持っていないと思われたのだと思います。
今の所〈ハイポーション〉を作れる【錬金術課】の一年生は私だけのはずで、ここは一年生用の錬金工房ですから。
それと同じ理由で先輩方の用があるのは〈旅の道連れの錬金店〉ではなく、〈エデン〉の私のようです。
〈旅の道連れの錬金店〉ではまだ〈ハイポーション〉は置かれていませんからね。
それ以前に登録したばかりですし、まだ〈マート〉を利用していないので認知度はゼロのはずです。
せっかく来てくれたお客さんには申し訳ないですが、売ることはできないと告げます。その代わりに代案を用意しました。
「すみません。私個人が好きにして良い〈ハイポーション〉は無いんです。ギルド〈エデン〉にご注文いただければ売れるかもしれませんけど」
「う、〈エデン〉ですか……」
「ギルマスの妹様がいらっしゃるギルドですよ、どうします?」
「いや、それ以前にあそこは守りが万全以上に整えられている。下手に行こうとすると捕まるぞ……。我々とて無事に返してもらえるかわからない」
うちのギルドならお買い求めできますよと告げると、なんだか上級生さんたちがこそこそお話を始めました。私にはよく聞き取れませんでした。
「その、では今からお作りいただくことはできますか?」
「できるだけたくさんお作りいただきたいのです」
「できれば今月末までに」
「いえ、素材を取りに行くのもギルドですので、私個人では売ることはできませんよ」
どうも〈エデン〉を通したくはない訳があるようです。
でもそれですと私が出来ることはありませんよ?
すると上級生さんは肩を落としてお互いに目を合わせると頷きました。
「いえ、無理を言って申し訳ありませんでした」
「今回はお時間をいただきありがとうございました」
「また何かありましたらその時はよろしくお願いします」
「えっと、お気を付けて?」
そう言って上級生さんは静かに、でも足早に去って行きました。
本当にどうしたのでしょう?
「なるほど、市場から〈ハイポーション〉が消えたのはあの人たちのせいだったのですわね」
「今〈ハイポーション〉を売ったらすごく儲かりそうですが、私たちにはまだ無理ですね」
今まで話の邪魔をしないようにしてくれていたアルストリアさんとシレイアさんが言いますが、それを聞いて少し驚きました。
「市場から〈ハイポーション〉が消えたって、なんでですか?」
すると私の質問にミーア先輩は上級生さんたちが消えたドアの方を見ながら教えてくれました。その顔はなんだか疲れたように見えます。
「私たち〈生徒会〉が掴んでいる情報によるとね、もうすぐ上級ダンジョンの挑戦が始まるらしいのよ。挑むのはSランクの〈キングアブソリュート〉、この迷宮学園・本校の最強ギルドよ」
ミーア先輩が告げた内容は驚きのものでした。
上級ダンジョン。
数々の難所、強力なモンスターが跋扈する場所です。
今までここを攻略できた人物はほとんどいません。ただ昔、現在のこの国の国王様とそのギルドメンバーだけが学園在学中に攻略したのだと授業で習いました。
そんな上級ダンジョンは当然ながら挑む人はほとんどいないです。
救助も駆けつけられないほどモンスターが強いので、もし上級ダンジョンで戦闘不能になれば〈救難報告〉をあげることができないからです。
頭に筋肉の救助さんが掠めましたが、あの方でも救助に駆けつけることはできないとゼフィルス君も言っていました。
そのため挑戦する、ということはそれだけ大規模なことであり、特別なことで有り、入念な準備が必要なことでもあります。
ということはさっきの人たちは、
「想像のとおり、あの人たちは〈キングアブソリュート〉のメンバーか、サブメンバーね。物資を集めているのよ。これが迷惑なことに、これが急遽決まったことだったから準備不足で市場が混乱しているのよね」
本来なら前々から準備をして市場を混乱させないよう配慮しておくべき所ですが、色々あって急遽挑戦が決まり、二週間ほどで準備を完了しなければいけないとのことで、まったく受け入れる態勢がなっていなかった市場は色々な物資が足りなくなり、混乱しているとミーア先輩が教えてくれます。
「おかげで〈生徒会〉にはなんとかしてくれという陳情が相次いでいるのよね」
〈生徒会〉は生産系の管理、纏めをしている学園運営ギルドです。
こういう市場の品が偏ったとき、〈生徒会〉で生産ギルドの方に依頼をして市場の混乱を収めるのもそのお仕事の一つです。
しかし、一度無くなってしまい学生に危機感が出来てしまったために買い占めが横行し、今はいくら作ってもまったく市場が回復しないそうです。
さらに素材も無くなってきてしまい、今は戦闘ギルドの方にも依頼を出して素材を集めている最中なのだと言います。
「でも、〈ハイポーション〉が無いとのことですが、それで私の所へ来たのはなぜでしょうか?」
「片っ端から余っていないか聞いているだけよ。もう二年生や三年生にはほとんど聞き終えたから一年生で唯一〈ハイポーション〉が生産できるハンナちゃんのところに来たんでしょ」
「なるほど……」
わざわざ一年生の工房にまで足を運ぶなんて、思ったより大変な事態みたいです。
でも、そんな時、ふと思いました。
「……ミーア先輩は〈生徒会〉に行かなくてもいいのですか? 大変なんですよね?」
「いいのいいの、私は【調理師】系だから関係ないしね。きっと応援に来てくれている子が私の分まで頑張ってくれるわよ。その子、【薬師】の中位職【メディック】だし。それに、ムファサ生産隊長もいるしね。さ、私たちは私たちで錬金に打ち込みましょう~!」
「いいのかな~」




