#013 戦闘不能になったら手を出すな。救難信号発信!
「何事ですの!?」
すぐにアルストリアさんが反応しました。
サティナさんも〈弱敵反応レーダー〉を使います。
「こっちです。モンスターが集団でいます。何かを囲んでいます」
サティナさんがレーダーを見ながら洞窟の一つに指を差して言います。
「行くわよ。今の悲鳴、ただ事じゃなかったわ!」
サティナさんの〈弱敵反応レーダー〉はモンスターしか反応しないみたいですが、囲まれているのは十中八九人だと判断したのでしょう、ミーア先輩が飛び出しました。
「サティナさんは残って! 新たなモンスターが出るかもしれないわ! ハンナちゃんは一緒に来て!」
「わかりました!」
ミーア先輩の指示で戦闘能力のあるサティナさんが残ることになりました。
私とミーア先輩の二人で現場へと向かいます。
それほど距離も無く、悲鳴の場所と思われる場所へ到着しました。
「ぐぐ、オイゲン、早く逃げろ」
「だ、ダメだ足が動かせない」
そこにはモンスターと戦う大盾使いの男子と、倒れている女子が二人、それと足から血を流している男子がいました。
「あなたたち大丈夫!? すぐ助けるわ!」
「あ、助けだ、助けが来たぞ!」
「喜ぶのはまだ早いわよ、『包丁捌き』!」
「ギギィ――!?」
襲っているモンスターは上層よりも凶悪になったトカゲモンスター、たしか〈イグアンドン〉って名前だったと思います。
それが四体いましたが、その内一体に包丁を持ったミーア先輩が踊りかかりました。
「すべては食材――『三枚おろし』!」
「ギギィ!?」
あっという間に男子に襲い掛かっていた〈イグアンドン〉二体を光に変えてしまいました。
私も負けていられません。
〈空間収納鞄〉から攻撃用アイテムの杖を取り出します。これは杖ですが装備品ではなく、攻撃用の回数アイテムです。
「装填、〈氷柱落としの杖〉、起動! 錬金杖、発射!」
「ギギュア!?」
私が杖を掲げると、上から氷柱が降ってきて見事〈イグアンドン〉に命中しました。
「もう一体も、錬金杖、発射!」
「ギギュー!?」
〈氷柱落としの杖〉は初級上位級を使っているのでこの程度のモンスターでは耐えることは出来ません。二体を光に変えました。
えっと、ここで残心です。
周りを警戒しましたが、特に新しいモンスターは接近していないように感じました。
ここでミーア先輩が肩の荷を降ろします。
同時に今まで戦っていた大盾使いの人が座り込みました。
「はぁ。はぁ……。助かった……。あなたたちの救助に感謝します」
座り込んだ男子がすぐに頭を下げてきました。
見たところその人のHPは残り1割程度しか残っていませんし、残りの3人は戦闘不能状態、つまりHPゼロの状態でした。
それに、
「ぐぅ、ぅぅ……」
「あ、オイゲン、大丈夫か!?」
呻く男子の人からは痛々しく足を怪我していました。
ズボンに血が染みこんでいるのが分かります。
「あ、怪我してるじゃない。まさか、戦闘不能状態でモンスターを攻撃したの!?」
ミーア先輩が怒った口調で言いました。
戦闘不能状態。
私たち職業持ちの人たちは普段HPに守られているため体に怪我を負うことはありません。痛みもほとんど無いです。衝撃は多少有りますけど、それも大体HPが吸収してくれます。
そしてHPがゼロの状態のことを戦闘不能状態と言います。
そのHPが無くなった戦闘不能状態だと私たちの守りは無く、生身と同じ状態になってしまいます。
そんなときにモンスターから攻撃を受ければただではすみません。
普通であればHPがゼロになった段階でモンスターからのヘイトもゼロとなるので、離脱しようとすれば簡単に逃げられますが、その状態で攻撃してしまうととんでもないヘイトを稼いでしまい、モンスターに狙われてしまうのでとても危険な行為なのです。
ミーア先輩の口調が咎めるようになるのも当然と言えます。
「ぐぅ、すまない……、悪気は無かったんだ……、ただなんとかしなくちゃって」
「コイツは俺にポーションを使ってくれようとしてくれたんだが、見ての通り戦闘不能状態で援護したためにモンスターのヘイトをたくさん稼いでしまったんだ」
詳しく聞くと、後ろで起き上がり事の成り行きを見ている女子二人がまず戦闘不能になって戦線が崩壊、続いて足を怪我している男子の人が戦闘不能になってしまったそうです。
それで慌てた拍子にポーションを使って無事な大盾使いさんを援護しようとしたようです。
ですが、戦闘不能者が戦闘に参加するのは最大級の御法度です。
戦わなければ、というのは攻撃に参加していなければ良いのだと勘違いしがちですが、回復や支援、索敵だって立派な戦闘行為です。
戦闘不能者がそんな事をすればモンスターに集られてしまいます。
ですが、間一髪、私たちが駆けつけたおかげで少しの怪我で済んだようです。
「あなたたち、すぐに〈救難信号〉を送りなさい」
「あ、はい。わかりました」
ミーア先輩と大盾使いの方が話している間、私はオイゲンと呼ばれていた方の足を応急処置します。
これは村で教えてもらったもので、止血をするだけの簡単な処置です。あとは学園の保健の先生にお任せしましょう。
「あ、ありがとうございますハンナさん。あなたは天使だ」
「いえ、どういたしまして。でも救護が来るまではあまり動かさないでくださいね」
見たところ、オイゲンさんの怪我はここだけで、血はたくさん出ていましたが大きなものではありませんでした。
「ミーア先輩、こっちは終わりました」
「ありがとうハンナさん、あなたが居てくれて助かるわ。包帯なんかの医療アイテムに関しては学園側から補填があるでしょうから、しっかり申請しておくのよ」
「はい。わかりました」
「それと、今〈救難信号〉を上げて貰ったわ。怪我人もいるから超特急で迎えが来るはずよ」
〈救難信号〉とはダンジョン探索中に戦闘行為や進行が出来なくなり、学園に救援を求めるというものです。〈学生手帳〉から発信できます。
これを送ると学園で待機しています三大ギルドの一つ〈救護委員会〉というギルドから救援がやってきて保護してくれます。
後のことは〈救護委員会〉にお任せしましょう。
〈救護委員会〉の方が来るまで私たちが待機して見張りをします。
人命救助が優先です。
少しすると下の階層から、何やら筋肉の大男が出てきました。
「マッスル救助、マッスル救助! 筋肉に救助される者は誰だ!?」
私たちの近くに来ると、ムキっと筋肉を唸らせながら、その人は聞いてきます。
なぜかタンクトップ姿です。
「あ、ここよここ。この四人を地上まで送ってあげて欲しいのよ」
「マッスル了解! マッスル救助、マッスル救助! 俺の筋肉が通りまーす!」
「おあ!? え? なになになに!? 怖いーー!?」
「いってらっしゃーい」
ミーア先輩の頼みを聞いた筋肉の大男さんが四人を軽々と持ち上げると、地上への道、では無く下層へと去って行きました。
す、すごい熱い光景でした。肩に担がれた男子の人、大丈夫でしょうか? 顔を青くしていましたが。
「まさか、マッスル救助さんが来るとはね、あの子たち、運が無かったわ」
「ま、マッスル救助さん?」
どうやら私が知らないだけで名の通った方みたいです。
どうも〈救護委員会〉では様々な方法で保護、運搬をしてくれるらしいのですが、今の筋肉さん、えっとマッスル救助さんは不人気らしいです。でもマッスル救助さんは上級職に就いている方で腕は非常に高く。確実に救助して貰えるのは助かるので誰も文句は口にしないそうですが。
「でも、なんで下から来たのでしょう?」
「この時期はボスに挑戦して敗北する一年生が多いからね~。どうせならってことで〈救護委員会〉の人たちが最下層に待機してくれているんだよ」
「あ、そうなんですね」
何かあった場合、ボスモンスターを撃破すれば転移陣で地上に戻れるのでとても合理的です。
ですが、私はあの筋肉さんに担がれるのは遠慮したいな、と思います。




